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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第2章 エピソード −10−

<<   作成日時 : 2016/10/09 06:43   >>

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 小久保勇八は明治16年1月4日滋賀県生まれ、小松光治氏と同い年でした。日露戦争の前年、大津の歩兵第九聯隊に入営、日露戦争のときは足に貫通銃創をうけましたが、野戦病院からすぐまた前線へ戻りました。その後また負傷して兵庫県有馬の陸軍病院へ帰されてるうちに戦争が終わりました。(記念誌67頁下段)
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   父小久保勇八のこと
       小久保有彩(26回生)

 
 明治39年4月、独立守備隊が編成されると再び渡満、鳳凰城の第4大隊第1中隊に入りました。43年6月現地除隊し、同月末同郷の大西直蔵氏を頼って公主嶺へ行きました。隣家の田中久助氏宅にしばらく同居させてもらい、翌44年3月25日に花園町で独立、大西氏が大連へ行ったので「高島屋」のあとの店を譲ってもらいました。
 公主嶺駅は当時満鉄の終点で機関庫もあり、母の兄の奥村宇一郎も列車機関手として公主嶺の満鉄宿舎におりました。後に長春まで鉄道がのびて、追う主嶺にいた金泰(きんたい)洋行、三中井(みなかい)、森野商店、阿曽時計店、などはみな長春へ行きました。
 高島屋小久保商行時代には地下室で味噌、醤油、高粱飴などを製造し、軍隊に納入しました。その後書籍、文房具、運道具、レコードも扱いました。

】下写真 ロシア家屋時代の小久保商行。和用雑貨のほか、荒物世帯道具類一式と手広く商売していたことがわかる。旧正月の高脚踊りが祝賀にきているところ。(写真集 満州公主嶺92頁)
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