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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第3章 エピソード −4−

<<   作成日時 : 2016/10/21 06:24   >>

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 農事試験場の東側の畜産との間に、田舎から駅に通じる大きな道路がありました。多分、公主陵のほうから来る道だったと思います。公主嶺は背後の田舎が広くて、大豆の集散地でしたから、大車(ターチョ)が何台も何台も通りました。(記念誌101頁下段)

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   泥濘に苦闘する大車
     小野てい(旧姓伊藤・9回生)

 
 私が子供のころは大変な悪路で、乾けば砂塵物すごく、降れば車軸も埋まるほどの泥濘(でいねい)となり、一台の大車を十頭以上もの馬に引かせて、進まぬ車に仁王立ちになった御者は、長いむちをひゅうひゅうと馬にむちあてて引いていました。むごいものだと、ほんとうに人も馬も哀れでした。
 この荷馬車の運賃は、冬と夏とでは、夏のほうが数倍も高かったといいます。冬は道路も河川も凍結するため、目的地まで近道できるのに比べ、春の解氷期や夏の雨期は、車も馬も泥濘に没して立ち往生するからでした。
 その後、車輪もゴムに替えられたり、道路も改善されたりして、公主嶺の周辺ではあまりこのような風景は見かけなくなりました。公主嶺は大豆や高粱の積み出し主要駅として栄え、貨物倉庫に山積みになった麻袋を思い出します。

】数頭、ときに10数頭の馬に引かせて、大豆が麻袋を運ぶ大車(マーチョ)が郊外から公主嶺に向ったものである。頑丈な車輪に見覚えがあるだろう。(写真集 満洲公主嶺120頁)
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