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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第2章 エピソード ー9−

<<   作成日時 : 2016/10/07 05:51   >>

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 私の父三宅濱治は日露戦争に従軍したのち、いったん本籍の赤穂市に凱旋したが同じ赤穂出身者ですでに公主嶺で活躍していた丸福洋行の福浦重吉氏、丸福旅館の浜本芳太郎氏(カメさんの夫)に誘われ再び渡満した。明治41年だった。私はその2年あとの43年に渡満して小学校2年に入った。

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    三宅牧場の創設時代
            三宅秀也(7回生)

 
 渡満後父は独立守備隊の御用商人として食料品を納入するかたわら、官舎の近くで日用雑貨店を経営した。また自宅付近の土地を満鉄から借り受けて、軍隊に供給する野菜を作るための農場とし、一部を牧場として乳牛を飼いはじめた。
 牧場といっても牛の生産が目的ではなく、満鉄病院や衛戍病院はじめ、一般市民に新鮮な牛乳を供給するのが目的であったから、ホルスタイン種の乳牛は24頭内外だったようだ。乳牛の購入については農事試験場に便宜をはかってもらっていた。
 父は長春の発展性に目をつけ、大正8年ごろ本拠を長春に移し、公主嶺は親戚の三宅更一が経営するようになったが、昭和8年ごろ和田氏に譲った。
 長春の三宅牧場は奉天の鯉沼牧場、大連の勝俣牧場とともに、満洲の三大牧場といわれたという。

【注】下写真は大正6年3月、9回生の卒業式。和服が目立つ。
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