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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第3章 エピソード −9−

<<   作成日時 : 2016/11/11 06:12   >>

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 記録によると佛心寺の開基は大正2年ということだが、東祖心師はそれ以前の明治末期には、すでに公主嶺にいて布教につとめていた形跡がある。というのは、のちに血盟団事件を起こした右翼の大物、井上日召が東祖心師と会っているからである。

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   東租心師と井上日召
        三村 勉(28回生)

 
 井上日召の『日本精神に生きる』などによると、明治43年8月日召は満洲に渡り、満鉄に籍を置くかたわら軍事諜報活動に従事し、44年公主嶺駅に勤務した。この年万国キリスト教青年会に赴く途中、公主嶺に立ち寄った加藤直士の講演会に出席、11月ごろ友人に伴われて東租心師を訪ねた。
 それ以来、朝5時から夜の11時まで産禅、半年後には「唯心」という居士号をもらっている。大正元年12月まで産禅は続いたが、翌2年のはじめ諜報活動のため北京へ去ったという。
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 昭和7年の血盟団事件のあとで東租心師は日本に赴き、日召を獄中に訪ねた。このことは師弟の強い結びつきとして日本の新聞に大きく報道されたと記憶している。従って東租心師が公主嶺に来たのは明示44年のことで、佛心寺として正式の開山が大正2年と思われる。

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】兄神島利則とは公主嶺小学校の同期生(28回生)。三村 勉さん(写真)は兄戦死の報に左のような追悼文を書いた。

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