満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第3章 エピソード −10−

<<   作成日時 : 2016/11/13 06:22   >>

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

 「かねを鳴らして夜汽車が通る/からんからんと鳴らして通る」と満洲小学唱歌「夜汽車」で歌われたように、夜汽車といえば、なによりもまず、あの鐘の響きが思い出される。(記念誌104頁下段)

画像
   遠く響く夜汽車の鐘
        伊藤 聖(33回生)

 
 この汽車の鐘は、実はアメリカ大陸の横断鉄道からもたらされた。日露戦争の後、満鉄が狭軌のゲージを国際標準広軌に変更したとき、欧米から多くの機関車、客車を輸入した。ヨーロッパの典雅な機関車よりも、粗削りで頑丈なアメリカの機関車のほうが、冬の厳しい満洲に適していたのだろう。アメリカには205両が発注された。
 満鉄が大正3年、大連の沙河口工場から初めて6両編成の機関車を送り出したとき、お手本にしたのがアメリカン・ロコモティブ社の1Dテンダであった。鐘もヘッドライトも、何もかもそっくり真似て、取りつけられたものであろう。
画像
 この鐘はカウベルの一種で、もともとは線路に入りこんでいる放牧の牛や羊を追い出すためのものであった。それだから遠くのほうまでよく響いた。私は農事試験場のあった公主嶺の山野にもそ、この鐘の響きは一番似あっていたと今でも思っている。

画像






【注】■南満洲鉄道
 
1907(明治40)年4月1日、南満洲鉄道株式会社(略称、満鉄)が設立された。満鉄は鉄道沿線に排他的な行政権の付属地をもち、鉄道運輸、炭鉱採掘のほか、水運、電気、倉庫などの事業を経営した、のちには工業、商事部門にも進出、国家としての体をなすインフラをことごとく手中にいれていった。そして満州事変へとすすむ満州国設立の基盤となった。上写真は伊藤聖さん。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
ナイス ナイス

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
公主嶺小同窓会誌 第3章 エピソード −10− 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる