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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第6章 エピソード −2−

<<   作成日時 : 2016/11/20 06:04   >>

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 私は昭和2年6月、兵庫県多紀郡篠山町小学校の6年生のとき公主嶺尋常高等小学校に転校した。何しろ当時の丹波篠山町は軽便鉄道によるしか町に入ることができない田舎であり、小学校は木造平屋建てであった。(記念誌208頁下段)

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    驚嘆した立派な校舎
         三浦小太郎(20回生)

 
 公主嶺で生まれ、幼稚園、小学校をそこで過ごした方のほとんどは、公主嶺の立派な校舎があたり前と思っていただろうが、内地の小学校は当時、ほとんどが木造平屋建てで、二階建ては珍しいくらいだった。
 その木造校舎から、煉瓦二階建ての近代建築で、暖房完備、水処理完備の立派な校舎に移ったわけだから、ただただ驚くばかりだった。学校の傍にある駅には、日本の鉄道より広軌で、機関車は大きく、「カラン カラン」と鐘の音も爽やかに汽車が入ってくる。何から何まで篠山とは大違いであった。
 学校は外観のみでなく、教科書も違っていた。その上、、程度も高く、一学期以上進んでいるように思えた。私は卒業まで皆に追い付くのが苦労でした。しかし、先生は一騎当千の優秀な方がそろっておられ、よく教えていただいた。学び舎も師も最高級であったことを再確認し、深謝している。

】昭和初期の公主嶺小学校。昭和2年は創立20周年を迎えていた。
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