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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第6章 エピソード −5−

<<   作成日時 : 2016/11/23 07:06   >>

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 昭和2年ごろ機関庫の前の建物に住んでいた。昭和3年ごろは木下町に住み、農事試験場が近くにあった。私達兄弟は長男、次男、私が三番目と二つ違いのたずら兄弟だった。(記念誌210頁上段)

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    大豆の山の上で相撲
        吉原公寛(27回生)

 
 そんな私達に父がロバを一頭買ってくれた。父の話では1円50銭だったということだった。そのロバに乗るために、よく農事試験場に遊びに行った。
 農事試験場には、田畑で収穫された作物の南京豆や大豆などをたくさん積むため、アンペラで囲いを作り、その中に南京豆や大豆をてっぺんまで入れてあった。その山にははしごがかけられ、中国人労働者がはしごを上がって南京豆や大豆を運んでいた。この巨大な煙突のような山が試験場にはたくさんあった。
 学校から帰ると、友達や中国人の子供達と一緒にはしごを上がり、その上で相撲をとった。いまから思えば危険なことで、埋まってしまえば大変なことになる。子供の頃の記憶だが、何でも一山いまのお金で20万円もしたとか。それから後、昭和6年、父が満州電業の前身、公主嶺電灯会社の郭家店支店勤務となり、郭家店から汽車通学となった。

】下 中国語訳文
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