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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第6章 エピソード −19−

<<   作成日時 : 2016/12/16 07:29   >>

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 私の住んでいた蔡家(さいか)のような中間駅には、年に2度ほど慰安車というものが来ました。大賞末か、昭和でも極初めだったと思います。それは2両ばかりつながった列車のマーケットとでもいうのでしょうか。(記念誌217頁上段)

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  慰安車の来る中間駅
        中里三枝子(24回生)
 

 1両には着るものから食べ物、日用品、玩具まで、何でもありました。日ごろ、新しいお魚などに恵まれなかった生活が、慰安車の来た日にはおさしみなどが食べられました。母も楽しみにしていたらしく、私をつれて、慰安車の停車している引き込み線に行きました。もう一つの車両は畳敷きで、昼間にゲームをする遊び用具などが置いてあり、子供達が遊べるようになっていました。夜になると映画館になって、大人も、子供も、それは楽しい一日を送ることが出来たのです。何日泊まっていたのか覚えがありませんが、二日ほどではないでしょうか。
 そのころは、既製服など売るお店がなくて、皆、お母さんやお姉さんのお手製の洋服を着ておりました。今思うと、セーターも洋服もなかなかしゃれたものを着ていたのですが、ほとんどお手製だったと思います。慰安車の売り場には、サージのセーラー服などがあったように覚えております。

【注】下地図は満鉄の公主嶺と四平の中間にあった「蔡家」。
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