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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第6章 エピソード ー25−

<<   作成日時 : 2016/12/26 05:30   >>

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 私は生後間もなく、多分大正15年頃に両親と共に公主嶺に移住した。そして小学校を卒業するまでの約13年を、公主嶺で過ごしたから、私は正に満洲育ちであり、公主嶺は私の故郷である。(記念誌220頁上段)

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    公主嶺で三たび移転
         丹宗堅一(30回生)

 
 「寒い北風吹いたとて おぢけるやうな子どもぢゃないよ 満洲育ちの私たち・・・・・・」小学生のころ唄った歌が懐かしく思いだされる。
 私は三度居住地を変えたように思う。「楠町」には幼稚園のころまでいた。父はそこで精米会社を経営していた。家の前に小公園があり、スベリ台やブランコ、砂場等があった。小公園の前の道を西へ行くと白雲寮があり、家の西側には道を隔てて風呂や、その北隣にキリスト教会があった。夕方5時ころになると風呂屋の汽笛が鳴り、父と出かけた。
 「花園町」では父は呉服店を経営していた。店の裏が自宅で、その前の東側が道を隔てて公園だった。公園の入り口に公会堂があり、よく映画が上映されていて、日曜日には兵隊さんが列を作った。
 「菊地町」の家は、私が5年生のころに新築されたもので、二階建てで、家の正面には丸に蔦の家紋が入っていた。50年ぶりに訪れた家は、健在であった。

】私も公主嶺では、丹宗さんと同じように生まれは「花園町」、小学校の高学年のときは「菊池町」に住んでいた。下の写真は空からの俯瞰図で、公園の東口に公会堂が見える。
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