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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第6章 エピソード −13−

<<   作成日時 : 2016/12/06 05:49   >>

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 幼稚園時代から、満州、支那、朝鮮、白系ロシア等各系の人達と仲良く遊んだ。「五族協和」などの言葉は知らなくても、子供たちは無意識にこの言葉を体現していた。何をしゃべっていたか覚えはないが、子供の世界は結構話が通じていたようだ。(記念誌214頁上段)

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    寺内さんと子供たち
       三浦二郎(26回生)
 

 ある日、近所の中国の子供たちと生い茂ったコーリャン畑の奥で、ガサゴソ遊んでいたところ、「そこにいるのは誰だ」と声をかけられ、あわててコーリャンの間から「ミウラです」と答えながら、悪童4,5人と顔を出したら、日本人のオッサンが立っていた。「アー、三浦君か」といって、白いパナマ帽に白っぽい着物の着流しで、ステッキをもった大きい柔和なその人が立ち去った。頭の大きさと同じくらい太い首の後ろ姿が印象的だった。あとで聞いたら、寺内さんという方だった。
 終戦時の南方軍総司令官元帥陸軍大将寺内寿一伯爵が少将時代、独立守備隊司令官として公主嶺に在任中の一こまで、父嘉門はその第一大隊長だった。
 普段、軍服姿の司令官は、専用の箱型馬車にひとり腰掛け、箱の前後には、御者が御者台に座し、従兵が経ったまま箱につかまって随行していた。

】「五族協和」は満州国設立来、あの地で唱えられたスローガン。五族とは「日、満、漢、蒙、鮮」族のこと。ともに融和し、「国づくり」に邁進しようという趣旨だったが、実際はランク付けされていた。勿論トップは日本民族で、最もさげすまれたのは朝鮮民族。「センジン」と言って卑下されていた。
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