公主嶺小同窓会誌 第4章 エピソード -4-

 公主嶺駅前の小学校に着いたのは大正7年春4月、私は18歳で、旅順の女学校を出たばかりの西も東もわきまえぬ小娘だった。商店街もなく、社宅の並ぶ街は静かで、若い女性はほとんど見受けない。(記念誌138頁下段)
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   幼児運動場の日々に
     小川スエ(旧姓小館・幼稚園)


 ここでやって行けるのだろうかと心配になったが、職員室のなごやかな雰囲気は、社会に初めて出た私の胸をほっとさせてくれた。
 生田校長の案内を受けて隣の園舎に行き、主任の田中先生と30人ほどの幼児たちに会う。大部屋を二分して事務室兼保育道具室と集会室とがある。フレーベル恩物(おんぶつ)が戸棚にぎっしり。クレヨンや鋏、色紙などが用意されている。庭は広く、平均台やブランコ、スベリ台などが配置され、まさしく幼児運動場という名の通りである。(また、幼稚園という名にはなっていなかった)。当時の保育料は1ヵ月16銭で、ちなみに私の給料は25円だった。
 毎日、なわとび、輪投げ、かくれんぼ、ケンケンとび、ドッジボールと、幼児達と一緒の遊びに熱中した。ドッジボールで、球にあたるまいと逃げ回るスリルは、我を忘れて幼児になりきり、実にさわやかな面白さだった。


】下写真 大正末期の幼稚園(左)、右は消防署
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