公主嶺小同窓会誌 第4章 エピソード -3-

 父が満鉄に勤めていて、私が尋常2年生のときに転勤になったため、安奉線の草河口尋常高等小学校から公主嶺小学校に転入した。勿論、当時は駅前の煉瓦造りの校舎であった。住んでいた社宅が堀町にあったので、学校の裏門から近かった。
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  「駆逐水雷」駆け回る
         岡積 満(14回生)


 クラスは男女一緒で、全校では2、3百人くらいであったと思う。冬に裏の運動場にまいた水のこおった氷上でのスケート、男子生徒だけの遊びで、兵隊の位(大将、中将・・・)、工兵、間者などと書いた札をのってのぶつかり合いなどは今でも頭に残っている。
 「駆逐水雷」という遊びもあった。帽子のひさしの位置によって、戦鑑、駆逐艦、水雷艇になり、戦艦は駆逐艦を、駆逐艦は水雷艇を、水雷艇は戦艦を追いかけた。日露戦争のような遊びだった。
 日曜日は独立守備隊のなかで兵隊ごっこをした。コーセン山、機関車がいないときの機関庫なども楽しい遊び場であった。
 6年生のとき、父が満鉄をやめて桜町で商売についたため、それからは泰平橋を渡っての通学となった。橋の上から眺めた列車を懐かしく思い出す。

】泰平橋から見た公主嶺駅プラットホーム。
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