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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第4章 エピソード −14−

<<   作成日時 : 2017/03/09 05:38   >>

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 大正9年5月、4年生のとき神戸から公主嶺小学校に転校した。鮫島通りのほぼ中央、浅野醸造に向かいあった雑貨および食料雑貨商の丸福洋行内に居住し、養父は店主として経営一切を任されていた。丸福洋行の主人は丸福旅館の主人と兄弟だったが、このときには二人とも他界していた。(記念し143頁下段)
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    運動会はいつも苦手
         山本俊朗(15回生)


 学校は旧ロシア教会堂を多少改修した校舎で、各学年とも男女一組で、全生徒数は二百数十人であった。4年生から6年を卒後年は業するまで男子13人、女子10人ほどのクラスで、担任は土屋国蔵先生。体操の時間はよく走りっこやリレーをやらされ、いつもしんがりをつとめるので、運動会はいやだった。
 後年、「鉄開四公」陸上競技大会で公主嶺代表として六度参加し、8百メートルで二連勝したことが不思議である。また9年の公主嶺の町内競技会では千五百メートルに4分22秒5で優勝し、大連を除く全満での新記録を更新したときは、自分ながら信じられず、生涯の思い出となった。
 町も学校も野球が盛んで、尋常科は軟球、高等科は硬球で、チームワークがよく、強豪長春小学校を迎えて勝ったときは、町中喜びにわいた。

】写真は丸福旅館 「鉄開四公」とは、鉄嶺、開源、四平、公主嶺の略。
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