満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 満洲公主嶺 敗戦から引き揚げ迄の記録 小松光治 I

<<   作成日時 : 2017/05/18 06:10   >>

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

 満洲公主嶺日本人会の設立及び日僑連絡所の記録(敗戦から引揚迄)−公主嶺日本人会会長小松光治(昭和21年8月22日 記)

画像
16、日本人学校の経営 
 昭和20年8月15日以後各学校を閉鎖しあり可惜学童を此侭に棄て置き難きを見て中蘇両国当局に交渉したるに帝国主義教育の打破、教科内容の監視を条件として旧在満国民学校に日本人学校を開始したるは11月12日なり、校舎の被害は大ならざるも、机、椅子、図書は一切略奪せられて無く便宜残材を蒐集して座った侭授業を開始し漸次粗末なる椅子机等を作り教科書も大半喪失したるを以て概ね実物教育とし、教師は旧国民学校長以下を採用し教育の根本方針は戦敗国少年の精神萎縮を打破し明朗闊達科学に専念せしむることとせり、但最初は登校途中、中国人青少年の投石殴打等頻発したる為班組長を誘導せしめ一面公安局外事課に抗議を申込み漸次平静に帰したり。前期の如く学校教育方針として左の3主義を執れり。
1、親土地  2、親隣人  3、親科学

 本年4月1日より高等科を中等部に改め中等科1,2,3年まで生徒を募集せり、中等部教師としては当地に国立農事試験場ありて博士、学士の科学専門家多く時局柄全く真剣に教授の衛に当たられたるを以て、此の点何等心配なし、初等科を併せ生徒数704名教師校長以下20名なり、本年6月末日まで授業し7月1日付第1学年修了証書を交付せり、校舎は昨年11月旧在満国民学校に入り漸く諸施設を為したる3月末此所を追われ元陸軍病院に移転を命せられたり、而して国民学校は中国側に於いて復権国民学校として利用し居れり。
】タイトル写真は公主嶺小学校の新校舎
小松メモ・アドレスhttp://38300902.at.webry.info/theme/489e1960d0.html

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
面白い
ナイス

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
満洲公主嶺 敗戦から引き揚げ迄の記録 小松光治 I 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる