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zoom RSS 満洲公主嶺 敗戦から引き揚げ迄の記録 小松光治 L

<<   作成日時 : 2017/05/25 05:26   >>

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 満洲公主嶺日本人会の設立及び日僑連絡所の記録(敗戦から引揚まで)−公主嶺会会長小松光治(昭和21年8月22日 記)

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21、八路軍隊の大挙進入 
 本年3月5日蘇軍(憲兵隊長少佐以下約百名)の最後の全面的退却に引き続き八路の大軍続々と進入し来たれり最高約2万人と註せらる。最初は日本人に対する暴行を危惧せられたるも脚て政権者より温厚にして日本人に好感を持ち軍規厳正、一切婦女を冒さず必需品の強制借上げはあるも事後確実に是を返還し来たれり、彼等は山東、河北より転戦の八路正規軍にして悉く20歳前後の青年にして戦闘意識強く疎衣粗食に甘んじ訓練も亦甚だしく猛烈なるも携帯武器は概ね劣弱なり、而して彼等の大部分は四平前線に勇躍前進し、土地農民に対しては何等暴虐を為さざりしも、只正規軍ならざりし現地募集の雑軍(俗に七路軍と称す)は性質甚だ悪虜にして土民の反感をかいたるが如し、因に中央軍も正規軍は善く雑軍(旧匪賊も多数含む)は同様なり、畢竟満州国国軍系は悪質劣弱なり。


22、特志看護婦の派遣 
 八路軍の進出に依り、四平、開原方面に於て中央軍と激戦を交わへられ多数負傷者を出したるものの如く、之が運搬の為男子使役二百名内外は毎日郭家店に出動を命ぜられたる(内1名戦死)外、負傷者看護の為の日本女性の特志看護婦の外地派遣を軍令を以て強要せらる最初は、貞操の危険を慮り甚だ躊躇したるも厳命如何ともし難く「貞操保障期限は一カ月」と約束して家庭の処女150名を動員提供したるは本年4月10日なり、満期前之が帰還を交渉し行衛不明者(多分延吉方面に進出?)3名を除き147名を無事救出したり、4月10日早朝彼等150名は荷物馬車に満載され八路軍の銃剣下に遠く双陽、磐石、樺田(何れも七百乃至千粁)に送られたる時は処女も泣き会長以下幹部も泣かされ日本人全部悲愁に閉ざされたるに、一カ月の約束を守り概ね1人200円宛支給せられ貞操に一点の誤り無かりしは八路軍を見直すに至れり。但し折角帰り来りたる処女の大半は発疹チフスに犯され、帰還後3名の死者を出したるは返す返すも遺憾なり。尚公主嶺現地の病院にても毎月30名の特看を派遣したるが日本女性は善く働いて呉たとの賛辞を得たり。

】タイトル写真は公主嶺農事試験場 畜産部
小松メモ・アドレスhttp://38300902.at.webry.info/theme/489e1960d0.html


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