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zoom RSS 満洲公主嶺 敗戦から引き揚げ迄の記録 小松光治 M

<<   作成日時 : 2017/05/30 05:12   >>

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 満洲公主嶺日本人会の設立及び日僑連絡所の記録(敗戦から引揚まで)−公主嶺会会長小松光治(昭和21年8月22日記)

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23、日本俘虜の護送 
 本年4月27日間島省延吉街の陸軍病院の患者一千名を八路の手にて吾が公主嶺に護送し来たれり、直ちに其の収容地に見舞たるも疲弊困憊其の極みに達し半数は半死状態なり、其の理由は患者中恢復せるものは蘇軍に依りハバロフスク方面に送られ残りし廃患者は鮮人に委託放棄せられたる為、鮮人特有の弱者虐待は日本軍人に苛酷なる給与をなし過去四カ月野菜は与えられず高粱糠のみにて僅かに餓を凌ぎたるものの如し、尚日俘の言に依れば彼等の延吉病院滞在中既に二万人以上の死者を出せりと、死因殆ど壊血病、栄養失調及び発疹チブスに因るものな1り。蘇、鮮、満の人道無視真に憤懣に堪えず、是を知りたる吾々は直ちに八路軍兵站部長に訴える一方日本人会より味噌、葱等を寄贈し医師を送りて之が快復を促進したり、彼等一千名中半数は翌日直ちに四平第一線に送られたるも一部は労働不能として送還せられたり、越えて二日後又二千名の日俘は同地より送られ来れるが前者より稍健康なり。
 其のうち四平の戦局八路に不利となり一千五百名は直ちに四平前線に送られたり、長春に逆送さるるものもありて四散状態に陥り公主嶺の市民として混入したるもの三百名、他に五百四十名は日俘として残り、他は長春、奉天方面に落ち延びたるが如く死者は十名以内に止まれり、茲に甚だ遺憾なることは彼等日俘の認識不足にして最初吾々の驚き救助に感涙を流したるも日を経て健康恢復するに随い多くは放縦堕落に陥り、白昼飲食放行するもの多く一般の善良なる日本人を脅迫するものさえ出て成程是では戦争に敗ける筈だと考えさせられたり、而して此の悪分子の多くは将校、下士官なり、長春、奉天の如き大都会に於て日本居留民を脅迫殺傷するものは八路に非ず此の中央軍に非ず此の種遁走潜入し来たりし日本軍の将校下士なりと聴く、軍指導者の罪正に万死に当る。
】タイトル写真は公主嶺近辺図。
小松メモ・アドレスhttp://38300902.at.webry.info/theme/489e1960d0.html

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