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zoom RSS 満洲公主嶺 敗戦から引揚迄の記録 小松光治-25-

<<   作成日時 : 2017/07/19 05:46   >>

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 満洲公主嶺日本人会の設立及び日僑連絡所の記録(敗戦から引揚まで)−公主嶺会 会長 小松光治(昭和21年8月22日記)

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38、戦いは時の運、卑屈な態度を慎め 
 私は明治37年佐渡丸遭難後同年7月5日大連に上陸以来、満42年在満した。今回の敗戦は2600年初めての敗戦、周章狼狽も無理もない。関東郡のザマも此の眼で視た。偶然に敗れたのではない敗けるべくして敗けたのだ。男らしく「参った」、今更少数の戦犯者を攻めても始まらない、下から盛り上がる勇猛心を振り起して「ポツダム」宣言に従い平和産業に邁進する外なし、但し此の間余りに敗戦国として委じけては不可、前記蘇聯司令官の云う通りだ。今度は吾々の勝つ番だ。但し武力ではない平和的思想と文化である。何も昔に返って日清、日露戦役や満州事変迄否定するに及ばず、あの時はあれで善かったのだ。日本民族の生くる途はあれしか無かったのだ。只山海関を越え蘆溝橋事件を惹起したるは絶対に悪かったのだ。私は最近迄満洲に居てしきりに9,18事件を追窮せらるる毎に諄諄として説いた。
 中国が日本を無理解であったからだ。視よ建国14年間に満洲人口は三千万人より四千五百万人に達したのでないか。製鉄所、水電、鉄道網の普及此の文化、産業の発展は仮令一面政治的罪悪ありとしても充分に補ひて余り有るに非ずや、若し日露戦争なく満州事変無かりさば現在の東北は如何なる状態に置かれたであろうか、満洲に関する限り、余り日本人を邪魔もの扱いにせば天意に悖るとおもうからだ。斯くて前記の如く戦時国際公法を強調した次第である。今日我が祖国の進むべき途は
1、官僚政治の即時打破 2、青年層の奮起 3、思想の統一 4、職業政治家の排撃 5、少青年の政治教育 6、食料の自給自足 7、闇の撲滅(是は1、2、3にて目的を達しうる) 8、科学の徹底的研究 9、人材の輩出(名誉も要らず、財も要らず、地位を要せず的の真剣なる憂国の士、 一府県に10名出れば足る) 10、民主自由と放縦方言と混同する向き多きが如し、民主と自由は其の反面に必自粛と統制の伴う事を知らざるべからず。
 昭和21年8月22日

】タイトル写真 公主嶺小学校
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