満州っ子 平和をうたう

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zoom RSS 東京新聞が紹介 ブログ「満洲っ子」 反響多く

<<   作成日時 : 2017/10/06 06:51   >>

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 8月16日付け東京新聞1面トップ、24面にも「生き残った者にできること」「特攻の兄 思う」の大見出しで永井至正さん(85)=江東区在住。顔写真入りで報道されました。今区内の諸団体はもとより満洲時代をともにした全国の友人などからメール、電話などが多数寄せられています。(「ふくわらいの会」会報9月号)

▼年金者組合江東支部機関紙
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 兄利則さんは1943(昭和18)年学徒出陣、翌年12月神風特別攻撃隊の一員としてフイリピンのネグロス島近海で亡くなった。
 別れの日の夜遅く母・妹弟を前に淡谷のり子さん歌う「別れのブルース」(当時は時代にそぐわないとして歌唱禁止)をギターをつま弾きながら歌った。20歳の兄の「惜別の歌」だった。


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    「満洲っ子」ブログ立ち上げ 

 軍国少年は、9年前「満洲っ子 平和をうたう」のブログを立ち上げ、入院した数日を除き朝5時に起きてブログに書き込む。自らの満洲からの引き揚げの体験、東京大空襲、憲法九条、平和を思う歌、平和の詩。加えて区内諸団体(「ふくわらい」など)の活動紹介など各分野に及ぶ。

    8月15日決意をブログで
 
 「今生き残った者にはそれは9条を守ることに尽きるのでは・・・。毎日毎日、いろいろな事実を追いながら、繋げていくことだろう。
 このごろブログで発信すると少なくない返信がかえってくる。幼少期、満洲でともにした友人のお子さんやお孫さんからのルーツをたずねるメールが多くなった。それぞれが心揺さぶられるドラマのような事実がよみがえり、交流が始まってくる。
 近い将来、戦争体験者がほとんどいなくなる。おこさんやお孫さんたちにあの戦争をしっかり伝えること、そしてその人たちがまた次の世代に伝えることを念じたい」。(
聞き手 木村清子)

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追記】左写真 扇橋診療所の待合室の壁に掲示された8月16日の東京新聞。「あらためて戦争について考える:・・・。繰り返してはいけない」の文言。

◆東京新聞の記事を拝読させていただきました。至正おじさまが続けられてきた日々の発信が日本中の様々な方に届いたのだと思うと私まで大変誇らしく、子どもたちのためにも、戦争のない日本であり続けてほしいと改めて強く思いました。(杉並の大姪っ子 三木悠莉 32歳)

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