満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 兄特攻死  「ダンチョネ節」を歌おう

<<   作成日時 : 2017/12/15 06:29   >>

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

 今日は12月15日。子どものころから目をかけてくれ、可愛がってくれた五兄(利則)が、1944(昭和19)年、フイリピンで神風等別攻撃隊の一員として、20歳で死んだ日だ。あれから73年。身内はもう僕一人になった。供養する家族はもう他に誰もいなくなった。

画像
     遺影の前で「沖の鴎(かもめ)」をうたおう  
 
 だから、今晩は遺影に一輪の菊の花を手向けて、彼や特攻隊員が生前自らを「カモメ」になぞらえ好んで歌った「ダンチョネ節」をそっと歌おう。飲んではいけない酒も少し入れて・・・。ひと時も経たずに酔いが回ってくるので、「明日はお立ちか」を口ずさみながら眠りに入っていくはずだ。

【沖のかもめ】 
 この歌は戦時中、特攻隊員が出撃の前夜、送別の小宴で決まってうたった歌という。そろそろ酔いがまわりかかったころ、故郷の山や川をおふくろの涙を、そして彼女の眼差しを思い出し、眼をしばたたきながら半ば虚ろ気味でうたった「さよなら」の唄。
 神奈川県三浦岬の民謡が元歌。替え歌として飛行気乗りの悲哀を歌詞しにした。特攻隊節として知られている。「ダンチョネ」とは『断腸の思い』を模したものとされている

画像
 【神島利則】 

 兄・神島利則(かみしま・としのり)大正13年1月3日、旧満州・公主嶺生まれ。公主嶺小学校(28回生)卒業後、新京第一中学校を経て拓殖大学に進む。1943(昭和18)年9月、第13期海軍飛行予備学生として土浦海軍航空隊に入隊。
 1944(昭和19)年10月、台湾の台南航空隊を経てフイリピンのセブ基地に移動。1944(昭和19)年12月15日
午前6時30分、神風等別攻撃隊第7金剛隊の一員とした、250キロで爆装のゼロ戦に搭乗、発進した。目標はネグロス島近海の輸送船団。戦果は不明、全機(5機)未帰還。20歳だった。2階級特進、海軍少佐。法名は「光忠院釈利剣大居士」。あれから73年。

リンク
http://www.youtube.com/watch?v=iGBEKT7neyY
http://nagai-yoshi.jp/kumo.html

 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
ナイス ナイス ナイス

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
兄特攻死  「ダンチョネ節」を歌おう 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる