満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 「アッツ島玉砕」75年 7月に慰霊祭

<<   作成日時 : 2018/04/13 05:26   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 ♪「山崎大佐指揮をとる、ヤマーザキターイサ指揮ヲトル」、アッツ島の指揮官、山崎大佐と兵士たちの死を美化し、讃える軍歌だ。国民学校4年生の小国民だった僕たち。、涙ながらに何度も、何度も歌ったことが思いだされる。今でもそらで歌えるから恐ろしい時代だった。

画像
      平和の願い 次代に 

 太平洋戦争中の1943(昭和18)年、アリュ−シャン列島の米国領アッツ島で旧日本軍守備隊が壊滅した「アッツ島玉砕」から今年で75年を迎える。遺族らは7月、米アラスカ州のアッツ島日本人戦没者墓地で慰霊祭を開く。企画者の一人で、アッツ島遺族会の西村浩一さん(46)=札幌市東区=は「今、平和に暮らせるのは、現地で亡くなった祖父のおかげ、感謝の思いを伝えたい」と語る。(東京新聞・3月31日付)

 アッツ島の戦闘は43年5月に始まり、守備隊のほとんどが戦死。死者は道内出身者864人を含む2638人に上り、生存者はわずか29人だったとされる。太平洋戦争で初めて「玉砕」という言葉が使われた。
画像
 アッツ島での慰霊祭は政府から補助を受けて不定期で実施されており、最近は2013年に16人が参加して行われた。ただ、参加資格は戦死者の子どもまでに限られ、遺族が高齢化してきたこともあり、アッツ島遺族会などは「次の世代に慰霊の気持ちを伝えたい」と、参加を限定しない慰霊祭を初めて企画した。

画像
 当初はアッツ島での開催を予定していたが、悪天候で帰れなく恐れがあるため、米アラスカ州のフォートリチャードソン国立墓地内にあるアッツ島日本人戦没者墓地で行う。外務省が米国側と調整した結果、7月18日に行われことになった。
 西村さんの祖父正義さん=当時(33)=は、郵便局員として配属されたアッツ島で戦死した。父親の紀義さん(80)はこれまで三回慰霊祭に参加したが、孫の西村さんは参加できなかった。西村さんは「「子どものころ、祖母から祖父のことを聞かされていた。ようやく会いに行ける」と喜ぶ。(東京新聞ー3月31日付)

 参加費は新千歳発着の場合一人25万9千八百円から。募集人数は30人。申し込みは4月30日までに慰霊祭の発起人会事務局の出口さん=電011(737)1798=へ。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「アッツ島玉砕」75年 7月に慰霊祭 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる