「人生のうた」 異国の丘

 私のおじは終戦後、満洲で生き別れとなった家族5人を残し、断腸の思いで、ひとり帰国した。来る日も来る日も家族の帰りを待ち続けた。(しんぶん「赤旗」日曜版ー4月22日付)画像
   
 「異国の丘」に おじの無念思う
             
 教師だったおじは、その願いを込めて授業の前に必ず「異国の丘」を大勢の児童と一緒に合唱した。
 「今日も暮れ行く異国の丘に 友よ辛かろ切なかろ 我慢だ待ってろ嵐が過ぎりゃ 帰る日も来る春が来る」
 小学生だった私も大きな声で歌った。しかし、おじの、家族と再会する願いはかなわず100歳で他界した。
 3月25日の「赤旗」日曜日版で「名曲の散歩道の「異国の丘」を読み、この歌を生んだ増田幸治、吉田正両先生の悲運の人生を知った。そして、私も戦後、満洲からの苦しい引き揚げの体験を思い、あのような戦争を決して繰り返してはいけないと強く思った。(松田敬子 78歳 石川県)

【リンク】http://38300902.at.webry.info/201804/article_28.html

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