
朝もやのなか日本の山々が浮かび上がってくる風景に目を見張る。「あれが日本よ! 山があるでしょ、緑でいっぱい、満州では見られなかったものね」とのおふくろの声が忘れられない。
そして上陸の際、船のタラップを降りた所で地元の婦人会の人たちだろうか、「大日本愛国婦人会」の襷(たすき)がけで勢ぞろい。

「お帰りなさい」「坊や!大変だったね、これ食べて」。差し出されたのが、子どもの頭ほどの大きいおにぎりが一つ。
姉と二人でかぶりつくように頬(ほほ)張った。おふくろは目を細めて、お茶を口にふくみながら子どもたちを見つめるだけだった。満州で生まれ育った男の子。これが日本の地を踏んだ第一歩だった。あれから73年。存命だったら今年母は124歳。だが彼女はまだ生きている。
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