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zoom RSS 12月15日 兄神島利則 特攻死

<<   作成日時 : 2018/12/15 05:29   >>

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 兄・神島利則(かみしま・としのり−大正13年1月生まれ)は旧満州・公主嶺小学校(28回生)卒業後、新京(現中国東北部・長春)中学に入学、その後拓殖大学に進んだ。1943(昭和18)年9月、第13期飛行予備学生として土浦海軍航空隊に入隊、飛行訓練を受けた。昭和19年10月、台湾の台南海軍航空隊を経てフイリピン・セブ基地に移動。
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 1944(昭和19)年12月15日、午前6時30分、神風特別攻撃隊・第7金剛隊の一員として、250キロ爆装のゼロ戦に搭乗発進した。目標はレイテ島の北西部・ネグロス島近海の米輸送船団。戦果は不明である。直援機を含めて全機未帰還。神島中尉もついに帰らなかった。享年20歳。

 ときが経ち、あれから74年。私・永井至正(旧姓・神島ー86歳)も残り時間が少なくなった。兄が「おふくろを頼む」「後を頼む」と言い残した言葉を受け継いで、日本の未来を信じながら痛恨の思いで逝った特攻隊員たち、若者たちの思いをしっかり次の世代に伝えたい。
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      神島中尉    特攻出撃 
 
 1987(昭和62)年11月18日、旧満州・公主嶺小学校の同窓会誌(「満州・公主嶺 過ぎし40年の記録」)が発刊された。明治40年創立の同校の歴史をつづったものである。その中にフイリピンで神風特別攻撃隊の一員として特攻死した神島利則海軍中尉が同校出身であることから2ページを割いて、(P409〜410)生い立ちから学徒出陣、死に至るまでの経緯が詳しく書かれている。弟、至正の同期生(37回生)である編集委員の土屋洸子さんが取材し、執筆した。

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】前掲の「神島中尉 特攻出撃」は中国語に翻訳されています。訳者は中国長春の「夏雲」さん。
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