兄が出世した日 おえつした母

 57年前の七夕の未明に他界した母さんに、今頃になっておわびの手紙を書くなんて、親不孝者ですね。敗戦の3カ月前に出世した兄は、「勝手くるぞと勇ましく」と歌う女性たちに、駅まで見送られたけど、母さんはリウマチで外には出ず。駅から戻った僕が目にしたのは、おえつする痩身(そうしん)の母さんだった。(しんぶん「赤旗」25日「読者の広場」)
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 「泣くなんて非国民やで!」、言葉にしなかったけど、憎悪と侮蔑の目でにらみつけた僕。小学校で君が代・日の丸・教育勅語・修身、中学校でその上に軍事教練と「海ゆかば」のうたで、従順な「皇国の小国民」になっていた僕。
 兵士として出て行く息子は遺骨で帰ってくるだろうと思えば、母親の涙は絶望の悲しみのうめきだったろうに、僕は人でなしになり果てていたのですね。
 僕はかあさんを非国民だとののしる心で中学2年生の8・15まで生きていたのです。この愚かさお罪深さをざんげして、日本国憲法を抱きしめて不正義とたたかう生活60ねんです。(京都・宇治市 須田 稔=87歳)


追記】あの頃日本中のお母さんが泣きました。ホームの影でハンカチで目をぬぐいました。「さよなら」も言えず見送ったんです。

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