「なかったことに」の魔力 『東京新聞・筆洗』

映画撮影中の米歌手。俳優のフランク・シナトラが出番までの待ち時間にしびれをきらし、家に帰ろうとしたそうだ▼スタッフが追い掛け「撮影はどうすればいいんですか」と言うと、シナトラは、「わけないことだろう」。シナリオを取り上げると撮影予定だった部分をピリッと破り捨て帰っていった▼破り捨て「なかったことに」。全盛期のシナトラを思い出すブラジルのボルソナロ大統領の「マイウェイ」ぶりである。新型コロナウイルスの感染者数が米国についで、二番目に多いブラジルだが、累計の感染者数や死者数の公表を取りやめたそうだ▼コロナの恐ろしさを甘く見た大統領への風当たりは厳しく、3万5千人をこえる死者数と連日、報道されることがお気に召さなかったらしい。公表を取りやめても死者数は消えないし、こうしたやり方がさらに信用を失わせるのだが、「なかったことに」の魔力に勝てなかったか▼なにもブラジルに限らぬ。わが国もである。政府はコロナ対策の専門家会議の議事録を結局、作成しないという。事後検証にはやりとりをきちんと残した議事録が欠かせぬが、作成を見送り、論点を整理した議事概要のみを公表するそうだ▼こっちの方が賢い。最初から議事録がなければ、後で何か問題が起きたとしてもピリッと破り捨て「なかったことに」の手間も省けるとは、皮肉がすぎるか(2020・6・9) 【今日の出来事】1954年防衛庁設置法 自衛隊法公布

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