井上ひさしさん 没後10年 『赤旗・潮流』

「むずかしいことをやさしく/やさしいことをふかく/ふかいことをゆかいに/ゆかいなことをまじめに/書くこと」▼記者として心がけていることは、小説家で劇作家の井上ひさし氏の言葉です。氏が55歳だった1989年から75歳で亡くなる2010年まで暮らした鎌倉市の鎌倉文学館で、没後10年を記念した特別展が開かれています▼みずみずしい緑の山並みと、波光きらめく海に囲まれた古都。氏は、この街の緑地保存運動にも力を注いだといいます。「生活者の視点」を掲げ、日本の農業を壊すとして米の自由化に反対し、「平和のために」と叫ばれた時が危ないと自衛隊の海外派遣に警鐘を鳴らし、被爆者の取材を重ねて核廃絶を訴えました▼2004年「九条の会」発足に参加。翌年「鎌倉・九条の会」を立ち上げます。「平和」という言葉が力を失っていると指摘し、「日常」を使いました。「『平和を守る』『憲法を守る』というのは『わたしたちのいま続いている日常を守ることだ』と言い直すようにしています」と▼最後の戯曲となった「組曲虐殺」は作家・小林多喜二の評伝劇です。天皇制国家の苛烈な弾圧下、言葉の力で社会を変えるべく奮闘する多喜二が、自らを励ますために歌います。「愛の綱を肩に/希望めざして走る人よ(略)あとにつづくものを/信じて走れ」▼震災後も原発に固執し、核兵器禁止条約に署名せず、憲法改悪を画策する現政権を、氏はどう思うだろう。希望めざして走れ、と励ます声が聞こえます。(2020・7・21) 【今日の出来事】1953年沖縄、伊江島農民「乞食行進」でベイ軍政に…

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