「ワクチン投与の順位は・・・」 『東京新聞・筆洗』

井上ひさしさんが国立結核療養所でアルバイトしていた時、そこの所長さんがこんな質問をした。待合室に二人の患者がいる。一人は貧しい身なりで子どもを抱えた、お母さん。もう一人は金持ちでいかにも威張った人物。どちらを先に医者に案内するか▼井上さんは即座に「貧しい人です」。そう答えたくなるのは分かるが、所長さん、「君はだめだねえ」と行った。「病気の思い方を先に案内するんだよ」▼社会的地位も人柄も関係なく「思い方」を先に診察する。井上さんへの質問以上に複雑な難問かもしれない。新型コロナウイルスのワクチンができた場合の接種順位である。初期の段階で手に入るワクチンの量には限りがある▼政府の分科会は高齢者と基礎疾患のある人、医療関係者をまず優先的に接種させるべきだとの提言をまとめた。異論はない。重症化の危険が高い人と、治療によって感染リスクの高い医療従事者にまず接種してもらうのは当然で、命を落とすケースは最小限に抑えられるだろう▼問題はそれ以降の順番か。あくまでリスクの高い方を優先すべきであって、自分こそ社会に必要な存在などとあつかましいことを言う人間が出てこないことを願う▼感染症を描いた米映画の中にワクチン投与順をくじ引きで決める場面があったが、案外、恨みっこなしのやり方か。人の命に優先順位など付けられまい。(2020・8・23) 【追記】優先順位は「時と場所」によるだろう。野戦病院と平時の院内ではよほど違う。井上さんは人間としての基本姿勢を滲ませたからそう答えたのであろう。第一、病院にも行けない貧者はど…

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