唯一の被爆国でありながら 『赤旗・潮流』

「今度こそ、母さんを助けるぞ」・そう叫んで目が覚めたときの言いようのない悔しさ。先月91歳で亡くなった岩佐幹三さんは生前、同じ夢をくり返し見たと語っていました▼16歳だったあの日、広島の爆心地から1・2㌔の自宅で被爆。崩れ落ちた家の下敷きになって原爆の業火に生きながら焼かれる母を救えなかった「罪」を生涯背負いました。そして、死者にたいする誓と決意を胸に核兵器廃絶を命の限り訴えつづけました▼3年前、国連で核兵器禁止条約が採択されたとき、岩佐さんは喜んでいました。「母や妹をはじめ、原爆で亡くなっていった人の死がむだではなかったということを明らかにしてくれた」。発効が決まったことを知ったら、どんなに・・・▼被爆75年、核兵器の全面禁止にむけた歴史的な全身の歩み。歓喜と祝福が相次ぐなか、日本政府への失望や怒りがひろがっています。唯一の戦争被爆国でありながら、いまだに核の傘に便り禁止条約に背をむける 。被爆者や運動を否定するような姿勢に終始しています▼菅首相就任後の初の所信表明演説。「国民のために働く内閣として新しい時代をつくる」といいながら、そのための柱も画期をなす施策もない。対峙する市民と野党の共闘の土台となる政策には、新しい日本を切り開く道が鮮やかに▼そこには核兵器禁止条約を直ちに批准することも。いつか、核なき世界が実現したときのことを岩佐さんはつづっています。「母さんたちと一緒にお空に上ってお星さまになりたいね」(2020・10・27)
追記】これでも、日本政府は「批准しない」という。日本人であることが恥ずかしい。

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