「戦前回帰の動きがあらわ」『赤旗・潮流』

東の横綱は長野県。西の横綱は広島県。こんな番付表が残されています。先の戦争中につくられた「満蒙開拓青少年義勇軍」の送出番付▼1932年、中国東北部を侵略した日本は「満州」を建国。王道楽土や五族協和のスローガンのもと、27万もの人びとが国策として移民させられました。なかでも長野は3万3千人余を送り出し全国一に。しかし、そのうち帰国できたのは1万7千人余でした▼土地を奪われた現地住民の抵抗のなかで慣れぬ生活を強いられる労苦の日々。あげくに置き去りにされ、襲撃や集団自決、餓死や性暴力と、その末路は悲惨を極めました▼ふるさとの開拓団に焦点をあてながらこの問題をたどったのが、先日亡くなった井出孫六さんの『終わりなき旅』でした。「中国残留孤児」の支援にも積極的にかかわった井出さんは、この国があの戦争とどう折り合い、片づけるかをつねに注視してきました▼そこには戦後の自民党政治によって、ふたたび平和が脅かされていく危機感がありました。いままた菅政権による学術会議への介入や教育現場への中曽根元首相の弔慰強要という戦前回帰の動きがあらわになっています▼日本国憲法は戦後を振り返るときの物差しー。井出さんは本紙にそう語っていました。前文や9条の紙背には多くの死を招いたことの悔悟と、流したおびただしい血への贖罪の意がぬりこまれていると。その憲法を敵視した元首相や前首相を受け継ぐ現政権を、どんなに苦々しくみているだろうか。(2020・10・16)

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