詩が生まれるとき ふくしまの10年-2-

妻子が山形に避難した後、ひと気のない教職員住宅に河合亮一さん(52)は残った。福島第一の3号機が爆発後、周辺の人たちも避難していた。2011年3月16日朝、福島市の空間放射線量は毎時20マイシークロベルト。通常レベルの五百倍と報道されていた。ラジオではアナウンサーが「非難するみなさん、どうぞ落ち着いてください」と時折、涙ぐみながら呼びかけていた。「福島も日本も終わりなんだ」。無人島に一人でいるような孤独感と絶望感が襲ってきた。【以下画面に】(片山夏子)
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