こんな地震 また来るとは 東京新聞

 2月13日深夜福島県など東北地方を襲った大地震。16日の東京新聞一面トップに、そのときの模様が報道されている。「こんな地震 またくるなんて」「津波の記憶よぎり『足震えた』」の見出しがくっきり、臨場感たっぷりの記事だ。これは同紙福島報道部長の片山夏子記者のレポートである。
 福島県の中通りと浜通り、宮城県南部で13日深夜、震度6強のじしんがあった。「こんな地震がまた来るなんて。もう。たくさんだ」。震度6強を観測した福島県新地町の自宅でネていた中塚芳子さん(68)は、足が震え、はうようにして外へ逃げた。頭によぎったのは十年前のあの日、自宅や町民百十人の命を奪った大津波の襲来だった。(片山夏子)
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 13日午後11時7分ごろ、どーん、どーんと下から突き上げる縦揺れが、布団にいた中塚さんを襲った、「10年前の地震より大きく感じて。えーっ、またって」。電子レンジや割れた皿の破片が散乱し、ひっくり返った電気ポットから漏れた湯で水浸しの中、手すりになるものを探し、ったいながら庭に出た。「何も持ち出せなかった」。中塚さんはうつむいた。夫の武さん(68)と共にけがもなく無事だった。室内は壁にひびが入り、ドアが閉まらない、幸い、電気はついたが「津波が来ない」と報道されても、不安だった。東日本大震災時、町内にあった自宅は海から50㍍、武さんは85歳の母と実家にいた。津波警報が鳴って二人で高台に上ると、黒い波が町をのみ込んだ。家は土台以外残らず、高台に立て直した。「地震で家が津波に持っていかれたあの時がよみがえって・・・。怖かった]。町内の一部で断水が続いていた14日午後2時、町役場前で自衛隊の給水活動が始まった。中塚さんは武さんとビニール製の災害用水袋を手に、ほっとした表情を見せた、「うちは水が出るようになったけど、飲めるか心配で、七カ月の孫のミルクに使います」。役場近くに住む渡辺君子さん(58)も、地震直後に十年前を思い出した。当時、春休みで町に戻っていた大学生の娘が心配で、職場から車で実家へ急いだ、がれきだらけでたどり着けずにいるうち津波が家を襲った。「娘を死なせてしまった」とぼうぜんとしたが、避難所に元気な姿があった。今回の地震時、娘(33)は孫(3つ)と帰省で家にいて、寝ていた。娘の上にタンスが倒れてきたものの、布団が間に挟まって無事だった。「また娘が来た時に大地震が来るなんて。しかも10年前の余震だなんて」。翌朝、すぐに仙台へ帰した。地震から2日後の5日、町に大雨がふった。4階建ての町役場は天井が損傷し、雨漏りが続いた。対応に追われる中、町総務課の長塚忠一さは言った。「十年前は津波と原発事故があった。今回は落下物で打撲した人が一人。余震がまだ怖いけど、津波がなくてよかった」

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