詩が生まれるとき ふくしまの10年 -15-

 震災後、和合亮一さん(52)は、最後まで避難を呼び掛け津波で亡くなった宮城県南三陸町の職員、遠藤未希さん=当時(24)=の両親が、津波が押し寄せてきた時の映像を見ているニュースを見た。黒い波が押し寄せる中、防災無線で避難を促す声を聞き、お母さんが「まだ言っている、まだ言っている」とぽろぽろ泣いていた。多くの命を救った彼女の声を聞いた後、和合さんは南三陸を訪れた。  2011年12月6日は、オーケストラが演奏する大阪のホールと中継をつなぎ、多くの職員が津波で亡くなった南三陸の防災対策庁舎前で、和合さんは「詩の黙礼」を朗読する事になっていた。「南三陸。黒い波があらゆるものを奪っても、女性は必死になって、呼び掛けた。『高台へ、高台へ』・・・」  吹きすさぶ風の中で、和合さんは声を張り上げたが声をかき消すほどの強い風雨。天気は何かに怒っているかのように荒れていた。予行演習はうまく行かなかった。失敗を重ねるにつれ、無力感に襲われた。自分の祈りは許されないのではないか。何ももかも空虚に感じた。13回の失敗。だが読み通してやると臨んだ本番は、初めてオーケストラと最後まで共演できた。  朗読しながら感情が込み上げてくるのをこらえた。読みきった後、祈りを許された気がした。指揮者が泣いていた。原発も震災も問題は解決していない。自分たちが取り残されていると感じる。小さな力かもしれない。でも祈りをやめない。和合さんは決意した。=おわり(東京新聞・片山夏子)

続きを読む