山田耕筰曲 <何だ空襲> 『東京新聞・筆洗』

 先日亡くなったテレビプロデューサーの鴨下信一さんが著書「昭和のことば」で、紹介していた曲を聴いてみる。覚えやすくて朗らかな曲調にかえって恐ろしくなる。曲は「なんだ空襲」(作詞・大木惇夫、作曲・山田耕筰)という▼1941(昭和16)年、戦意高揚を目的に作られた。後の歴史を思えばあまりに残酷な歌詞だろう。<警報だ、空襲だ それがなんだよ備えはできてるぞ><敵機何台来ようと平気だよ><持ち場持ち場にかけよう命>。敵機はおそるるに足らない<蚊とんぼ、とんぼ>、焼夷弾は消せる(火の粉)と歌っている▼45年の東京大空襲から10日で76年となる。空襲は<それがなんだよ><平気だよ>どころではなく、大勢の命を奪っていった。戦争末期とはいえ、あの勇ましい歌を信じていた人もまだいたはずだ▼空襲が奪ったのは命や財産ばかりではない。作家、吉村昭さんの体験である。ある空襲の夜、寝間着姿の高齢女性が道を這っているところを見た▼抱え起こすと、「残されまして、残されまして」と繰り返す。家族に置き去りにされ、追いつこうとここまで這ってきたらしい▼どんな事情があったか分からないが、空襲という極限状態に人はまともな心を奪われ、家族さえ捨てさせるのか。「なんだ空襲」の虚しさに「地獄なんだ空襲」とつぶやく。ほんの76年前のことである。(2021・3・10)

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『平和の俳句』東日本大震災10年

3・11を胸奥に牡蠣割り女 菅原 和子(86)東京都台東区 <黒田杏子>陸前高田市で家屋敷すべてを海に攫われた人。俳人、茶人として東京で活動。牡蠣割り女として働く句友に捧げた句。

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