紙芝居で「東京大空襲」④

東京大空襲59周年によせて『春になったらいっぱいね』-あやちゃんのうたがきこえるー吉村勳二・ミヱ著作


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おじさんは、あやちゃんのうちへ向かった。(*18)
そのとちゅう、
やけ落ちてきた家の下じきになって、死んだ。
馬やのおばさんは、川ににげた。(*19)
その川の上にも火が走り、
ほかのみんなといっしょに、死んでしまった。

あやちゃんたちは、
道路わきにあったぼうくうごうに入った。
その上にばくだんが落ち、あやちゃんたちも、
中にいた人たちも、みんな死んでしまった。

あっちこっちから、はなされた馬たちは、
むれになってにげるとちゅう、つぎつぎと死んでいった。(*20)

だがしやのおばちゃんは、畑に水をひく大きなみぞの中で、
おそろしさと寒さで、朝までふるえていた。

〔注〕*18-13~14、共に淡々と読む*19-<ここでの川は主にこの地域の縦横に流れていた運河のこと>*20-<馬は群れる習性がある>


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あやちゃんもきみちゃんも、おかあさんも、
あやちゃんの友だちも、たけちゃんにいちゃんも、
馬やのおばさんもおじさんも、
その夜だけで、十万人もの人が死んだ。
あやちゃんの大すきだったクロや馬たちも、
たくさん、たくさん、三千頭も死んだ。
町がなくなったように見えた。


その年、一九四五年、八月十五日、
せんそうは、終わった。



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あれからなん年かたった。
生きのこった町の人たちは、
町の中にいくつもの「くようのひ」を作った。
「せんそうで死んでいった人たちを
わすれてはならない」と思ったんだね。

馬やさんたちは、
せんそうにつれていかれて死んだ馬と、
町にのこっていて、あの夜、死んでしまった馬のために、
「ばとうかんのん」という「ひ」を作った。

<慰霊のための供養碑、地蔵尊などの建立は戦後間もなくから始まり、今も新たに建てられている。それは町の人たちの手で守り続けられ、花や線香もたえることがない>



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たか、くにちゃん 「おばちゃん、ふ・が・し・ちょうだい」(*21)
あの、だがしやのおばちゃんの手に、
あったかいお金をふたつ、のせた。
だがしやのおばさん 「はいよ、くにちゃん、たかちゃん」
おばちゃんは、ふたりがもっているふくろに、
おかしをいれた。
たか、くにちゃん 「ありがとうございました」
くにちゃんとたかちゃんは、うたいながら、
横丁を曲がっていった。

たか、くにちゃん 「おうまの おやこは(*22)
なかよし こよし
いつでも いっしょに
ぽっくり ぽっくり あるく・・・・・・・・・」

    -少し大きな間ー

あの、あやたやんの原っぱには(*23)
草がいっぱいはえている。
花もさきだした。
春になったんだねー。

    お・し・ま・い (*24)

【注】*21-一転して明るい調子で*22-スキップをしながらはずんで歌っている*23-明日への希望を込めておおらかにゆったりと*24-あわてずに終わらせるー余韻を含んでー

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