津波被害の象徴残したい

防災無線で避難を呼びかけ続けながら自らも波にのみ込まれた遠藤未来さん。「あまりにも悲しくて・・・。冥福を祈りたかった」と夏休み中の今、宮城県南三陸町の防災庁舎跡を訪れ、献花する人が多く見られるといいます。骨組だけになった役場を津波被害の象徴として残したいという動きもあると東京新聞(8・22夕刊)が報じました。

画像
   風化をさせないため残したい   
 
 那覇市から宮城県登米市の実家に帰省した大牟田久美さん(36)は、家族五人で訪れ、全員で手を合わせ「子どもたちに、被害を見て何かを感じてもらいたかった」と。
 また東京の八王子市の公務員の男性(39)は「同じ公務員として、町民のために尽くした遠藤さんの冥福を祈りたかった」と訪問の理由を話した。
 これらを受けて、南三陸町の佐藤仁町長は「震災を風化させないために庁舎を保存したい」との意向を示している。


画像
   いつまでも残っているのはつらい
 
 遠藤さんの母美恵子さん(53)は「多くの人が娘のことを忘れず、来てくれるのはありがたいが、あそこは娘が流された場所。いつまでも残っているのはつらい」と保存には反対。「あそこで家族を亡くした人たちはみんなそうだと思う」と涙を流す。
 庁舎台の献花台下には「こんなもの早くこわして下さい。息子はどんな思いで死んだのかと思うとくやしくてねむれません」と書かれた紙も置かれていた。


【注】がれきの中に赤い鉄骨を残すだけの庁舎は、津波の激しさと被害の大きさを物語る場所として繰り返して報道されてきた。屋上に約三十人の町職員らが避難したとみられるが、助かったのはわずか十五人だった。
 私は、ご遺族の気持ちは充々推察できますが、「二度と繰り返させない」モニュメントとしてぜひ残していただきたい。

"津波被害の象徴残したい" へのコメントを書く

お名前:
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。