▼眼下に下町を望む=牛山れい子さん撮影

東京都墨田区に設置が決まり、そのプロセスを楽しみつつ、これが世界に誇る高い塔というだけでなく、近代戦史に残る大被災地にふさわしい鎮魂の塔にもなるに違いないと期待していたからだ。
東京大空襲で亡くなられた遺族の方々の多くも何らかの思いがあったに違いない。しかし今、見聞するのは高さと機能と至れり尽くせりの商業施設のPRばかり、最寄り駅名さえもあっさり変えての未来志向ばかりで、失望を禁じ得ない。
このツリーには、法隆寺五重塔と同じ心柱もあり、デザインした澄川喜一氏も「鎮魂の塔」と言われた。この地出身の王貞治氏も「大被災地に素晴らしい」と喜んでおられた。だからこそ形にしていただきたかった。東京大空襲訴訟を門前払いされた原告団長の「名も数も不明、国立の追悼碑も資料館もない」との嘆きは本当に切ない。

こんな現状に、ツリー建設側や周囲から何らかの提案はなかったのか。もとより、その施設設置には国と都の協力が不可欠だ。ツリーには世界中から善男善女が訪れるだろう。その人々が、日本の技術力を実感すると同時に、足元の地が持つ歴史の重さを認識するひとときを有することで、タワーの存在がより有意義になるはずだ。
温故知新、昔があるから今がある。「東京大空襲被災者鎮魂堂を備えた東京スカイツリー」。それが私の願うツリーだ。おかしいだろうか?


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