あのとき歌った この歌 -2-

もう5年も前のことになろうか。暮れに社会保険庁(現・年金機構)から一通の書類が送られてきた。例の「宙に浮いた年金」関連の「特別便」だ。見るのも面倒だからゴミ箱に、と思ったが、開けてビックリ13年間が空白になっているのだ。

画像
     ありがとう 「赤坂の夜は更けて」
 
 かくてはならじと、調べに調べていたとき、その空白を埋めるヒントになったのが当時の流行歌・「赤坂の夜は更けて」だった。
 昭和39(1964)年(東京オリンピック開催)から昭和52年までが空白になっている。確かあのとき、自衛隊機が競技場の上に五輪の輪を描いた。その見事な風景をテレビで見たのが赤坂の子会社の応接室。
 「そうだ、あのときは赤坂で仕事をしていたのだ!」と仕事歴がよみがえった。加えて、より記憶を鮮明にしたのが当時はやっていたラジオからながれる「赤坂の夜は更けて」だった。
 あの往年の大スター佐野周二のご子息のお嫁さん。そう、西田佐知子さんの少しけだるくうたう歌声。


 それからはもう一気呵成。書類をしたためて社会保険事務所に駆けつけ、提出したら昭和39~42年の空白を埋めることになった。俗に「歌は世につれ世は歌につれ」といわれるが、まさにわが人生の空白を歌がよみがえらせてくれた。「赤坂の夜は更けて」よありがとう。帰りの道みち、この歌を口ずさんでいたことはいうまでもない。 

さあ! 唄ってみようこの歌を 
http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/08/post_174b.html

"あのとき歌った この歌 -2-" へのコメントを書く

お名前:
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。