満洲・公主嶺「心の砂漠に響く歌声」 叶多嘉子先生②

歌は辛いとき、悲嘆にくれたとき、はたまた戦争のような凄惨のさなかにさえ人の心を癒し、狂気を正気に立ち戻らせてくれるものです。混迷の中、叶多先生らが引くオルガンに、聞く耳をたてたソ連兵のさまがありありと見てとれる。彼らもまた、故郷の山や川に思いをはせたのかも知れない。

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 昭和20年11月、混乱がだいぶ落ちついてきたころ、学校が再開されました。午前中は授業をして、お昼子どもたちを旧陸軍病院の学校から町へ送り届けたあと、先生たちは学校に戻り、合唱の練習をしました。リーダーは満鉄病院の林先生と橘薫さん。
 集まったのは約25人で、村越昌子、阿部節子、阿武スズエ(いずれも同窓生)、石富芳、高沢つね子(教員)さんたち。「流浪の民」「新世界の『遠き山に日は落ちて』」、フオスターの曲や「ボルガの舟唄」「ステンカ・ラージン」「松島音頭」「かやの木山」「出船」などを、林先生と橘さんは「ホフマンの舟唄」の二重唱をされました。村越さんがオルガンで難しい曲の伴奏をされ、私も弾きました。夢中で弾いて、体を悪くしたほどでした。
 そして21年3月と6月、音楽会が開かれました、ソ連軍の隊員や兵士も聞きに来てくれて、大変すばらしいと誉められました。荒涼とした心の砂漠に、水が滲み透るような気持ちでした。
 7月21日、公主嶺を出て、コロ島からの船中の音楽会でも歌いました。あのときの歌声は、今でも忘れられません。
(「満洲公主嶺『過ぎし40年の記録』514頁」より)

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