満洲・公主嶺小同窓会誌 第8章 エピソード -34-

今年還暦を迎えた私は、ジーッと鏡を見つめている。前歯だ。そこには50年前、公主嶺小学校新校舎移転時の、腕白時代の記念品が残っている。(記念誌355頁)

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  腕白時代の記念の品
   足立三男(旧姓景山・32回生)

 
 昭和10年11月、三年生以上が新校舎に移り、私達二年生はそのまま旧校舎に残ることになり、地団駄を踏んだ。あと4ヵ月すれば三年生だ。私達は新校舎に入るその日を、指折り数えて待った。
 昭和11年4月、三年生になった私達は、はずむ心を抑えて新校舎で新学期を迎えた。明るい教室、走るなといわれても走りたくなるピカピカの廊下、滑るなといわれても滑りたくなる中央階段の手すり。先生の目を盗んで走り、そして滑った。狭く暗い旧校舎から解放されて生徒達の瞳は輝いていた。

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 ある日、森郁夫君や神谷照夫君たちと、だれが中央階段を先に滑るかで喧嘩になった。一番先に石の手すりにしがみついていた私は、この時の押し合いで、石の階段の手すりに歯をぶつけ、前歯の一本が欠けた。
 永久歯だったので、今でも半分欠けた前歯が残っている。若き日の勲章にと今でも大事にそのままにしてある。あの時は痛くてべそをかいたくせに・・・・・・。


】懐かしい中央階段(右写真)が見えてきた。使い込んだ滑り台のよう。これは1987年5月の訪中団が撮ったものだから、戦後40年経っても健在(?)だったのだろう。本文と同じように、37回生の僕らも皆、競って滑り下りた。だが、ガキ大将だった僕は悠々といの一番に利用したことが思い出される。

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