公主嶺小同窓会誌 第7章 エピソード -22-

長い冬が終わると、新緑のころの満洲の草木には日本とは違った美しさがあったと思う。当時は家庭では草花が栽培されていなかった時代であったのか、農事試験場のルーサン畑は僕たち子供の夢であり、遊び場であった。(記念誌278頁下段)

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   ルーサン畑のにおい
         小松秀彦(26回生)


 ルーサンは豆科の多年生の牧草で、高さ7、80センチ、ちょうど大豆ぐらいになる。大豆よりも葉は細かくアカシアに似ていた。畝の間は広く、子供たちが遊び回るには十分だった。
 半ズボンに運動靴、麦藁帽子に真夏の烈しい太陽の光を浴び、あのルーサン畑で遊んだ。薄紫の花を摘んだり、という少女的な感傷からではなく、ただメリノー種の綿羊を追い回す、という遊び方であった。汗まみれで寝込んだときに、そのルーサン畑の特有の「におい」が鼻をつく。これが忘れられずに遊びにいくのだ。

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 今度、中国に公主嶺を訪問する機会があったら、あのルーサン畑に足を運んでみたいと思う。あのときの甘い、口で言えない夢の味を胸一杯吸い込んだら、これだけで中国東北訪問の目的は終わったと思うほど、ルーサン畑は僕の心に咲き続けている。

】■ルーサン
 別名「アルファルファ」ともいい、和名は「紫うまごやし」漢名は「苜蓿」。公主嶺農事試験場では昭和年代に入って広く栽培されるようになった。青草として利用されたのはもちろんであるが、乾草としてもサイロに貯蔵された。(記念誌155頁)

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