公主嶺小同窓会誌 第3章 エピソード -6-

 木下町の満鉄社宅はカマボコ型の煉瓦造り平屋が道路の両側に兵舎のように並んで建てられていた。典型的なロス建てで、四つの部屋の真ん中に円筒型黒塗りの鉄製ペチカがはめ込まれていた。中国人のニーヤが朝に石炭を投げ込んで、あの満洲の厳寒の冬をしのいでいた。

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   木下町の満鉄社宅で
        神田誠之(14回生)

 
 ある日、父は窓からの隙間風を防ぐため新聞紙で目張りをした。その深夜のことである。子供部屋に一緒に寝ていた小姉(友子)が、気持ちが悪いといって泣き騒ぎだした。大姉(愛子)は驚いて、両親の寝室に注進に及んだ。それからが大変。子供4人がバタバタと倒れ、苦しみ出した。まさに、一酸化炭素中毒で、死の寸前のハプニングであった。
 その木下町の満鉄社宅に住んでいたころの日課は、毎朝お姉さん達のランプのホヤ磨きの手伝いがその一つだった。ランプは大小10個くらいあった。
 ある朝、目を覚ますとパーッと電灯がついた。子供たちはみんなで「電気がついた! 電気がついた!」と布団の上で手をたたいて歓声をあげた。重労働のホヤ磨きは解除された。
 大正5、6年ころのことである。

【注】写真 満鉄社宅
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