公主嶺小同窓会誌 第4章 エピソード ー9-

 僕が物心がつき、幼稚園に2年間通った大正7,8年ごろの住まいは「新宿舎」と呼ばれる当時としては一番近代的な建物であった。時代が変わって古くなったためか、会報では「軍艦長屋」となっている。(記念誌141頁上段
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   ロス建てのあれこれ
         湯本常雄(18回生)

 
 六三社宅ともいって、6畳、3畳、炊事場、便所、裏に一畳くらいの倉庫があった。
 その後、二度ロス建てに移った。ロス建てといえば、煉瓦造りで煙突がついておとぎ話に出てくるように思えるが、、ペーチカは一つで、どの部屋でも暖房がきくように設計されていた。ロシアの遺物としては申し分はなかったが、日本人が住むようになって改装されて畳が入っている。周囲に出来た余分のところは板張りになっていた。床の間、押し入れはないが、大きな木の箱が押し入れの代用として、一戸に一つ置かれていた。
 かまどはロシア式で石炭使用、鍋釜を置くところの隣に煙突を利用したパン焼き用のオーブンがついていた。電気、水道はすでに入っており、どの家にも炊事場に水を溜めるための大きな水がめがあった。玄関を入ったところに木のふたがあって、開けて階段を下りると一坪くらいの地下室があった。

【注】木下町の軍艦長屋
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