公主嶺小同窓会誌 第4章 エピソード -13-

  私が小学校3年生の大正8年ごろ、農事試験場に北海道の大学を出た小松八郎さん、突永一枝さんら6名(?)の方がっ着任された。私たちチビ共は、よく農事試験場に遊びに行って、この方たちからテニスを習った。(記念誌143頁上段)
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   霞町の遊び仲間たち
         伊藤満男(15回生)

 
 私が住んでいたのは霞町で、長屋が4棟あって、ここの子どもたちはなかなかの強者だった。一番年長が酒井広治さん(11回生)、のち長春商業に行って野球選手、次が高瀬栄吉さん(12回生)、この人も長春商業で野球の選手、私の兄の次郎が奉天中学で陸上、テニスの選手、次の伊藤増栄さん(13回生)はピッチャーで、奉天の小学校野球大会で健闘した。近江一郎君も近所だった。
 私は奉天中学から満鉄鉄道教習所運輸科を卒業、昭和3年公主嶺駅に配属になり、次に長春列車区勤務のあと、再び昭和8年公主嶺駅勤務となり、白雲寮に入った。そのころ、白雲寮には教育専門学校を出られた田中真省さん、小山司六さんがおられ、起居を共にして親しくしていただいた。田中さんはスポーツは万能選手で、円盤投げに強く、鉄開四公の大会では大活躍をされた。テニスもうまかった。

大正期の農事試験場
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