「もう帰ってくるな!」と基地司令官

 通説では神風特別攻撃隊の第一陣は、1944年10月25日、関行雄大尉率いる「敷島隊」といわれているが、実情は同隊がフイリピンのマバラカット基地を飛び立ったのは21日であった。3度出撃したが索敵不能でその都度引き返してきたという。
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 4度目の離陸の直前、なんと基地司令官は「もう帰って来るな」と言ったという。写真は何時の日か定かではないが、見る限りでは杯を重ねているところを見ると、どうやら一回目のものと思われる。
 「第13期海軍飛行予備学生誌」によると24日には大和隊の予備学生・久能中尉が既に突っ込んでいた。軍司令部は軍神の第一号は海軍兵学校出身でなければ面目が立たないということで発表を遅らせ、前出の「帰ってくるな」という指示になったという。


】「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜かな」といえば”知る人ぞ知る”一首。太平洋戦争の末期1944年10月、神風特別攻撃隊の先陣を切った5隊のネーミングに使われた本居宣長の短歌である。敷島、大和、朝日、山桜という美名に当時の若者はあおられるように死地に旅立った。

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