いつか福島で年越しを 東京新聞・片山夏子

 今年も仕事が始まった。年末年始はわりと短かったから、どこにも行かず、家で家族と過ごした。それにしても、秋ごろから落ち着いていた新型コロナの感染が一気に広がっている。先月には、二次会はなかったものの、二年ぶりに忘年会ができたのに、また自粛モードになるのかなあ。
 イチエフ(福島第一原発)で働くために、福島には単身赴任で来ている。コロナで、家族の元に帰れるのは年に数回だけ。年末年始は、お盆休みみ以来、久々に家族の元にもどった。正月は、嫁が毎年おせちを作ってくれる。嫁とは出身が一緒。雑煮には鶏がらでだしを取り、しょうゆベ-スの汁に鶏肉やゴボウ、大根、ニンジンが入る。でも何といっても一番うまいのは、がめ煮。鶏肉や里芋、ゴボウやシイタケとかが入る、でも今年は料理学校に入った娘のおせちを味わった。
 年末年始は作業員宿舎が閉じられるから、福島に残りたい人は各自ホテルを取っていた。でもコロナ感染拡大後は、帰れない人のために宿舎が閉鎖されなくなった。原発事故後、イチエフに働きに来ているけれど、年越しを福島でしたことがない。いつか、福島で年越しをしたいと思う。
年度末までの被ばく線量の残りがないから、俺は今、イチエフの現場には入れない。仕事をもらうのには人間関係が重要。同じ職場にスキル(技術)はないけど、明るくてかわいがられるヤツがいて、そいつには常にいろいろな仕事がはいってくる。今は年間被ばく線量が一六ミリシーベルトと厳しくなり、一日二万円の危険手当がもらえる高線量の現場で働き続けるのが難しい。だけど、ヤツにはそんな現場の中ででも線量の低めなところが割り与えられたりして、うまく働き続けている。
 残りの被ばく線量を数えるようにして被ばくをしながら働いているのに、危険手当は税金で国にかなり持っていかれる。チェルノブイリのような補償もないし、せめて危険手当は非課税にしてほしいなあ。(聞き手・片山夏子 2022・1・7)
img091.jpg

"いつか福島で年越しを 東京新聞・片山夏子" へのコメントを書く

お名前:
ホームページアドレス:
コメント: