「東北大震災と年賀状」再掲

あの大震災から今年は10年。そのあくる年(2012年)に頂いた年賀状を再読した。共感を覚えて私のブログに掲載したものの中からあの先輩の一文を、以下紹介しよう。  「めっきり少なくなったのは髪の毛だけではない。正月に到来する年賀状だ。それはこちらから出さなくなったこともあるが、少なくない友人、知人、そしてあの人が幽明境を異にすることになったせいかも知れない▼少ないが賀状の中でもこれが印象的。冒頭のメッセージが昨年をしのばせ感動させてくれる。『数百年あるいは千年に一度という津波大被害、それに続く原発破壊によって大きな被害と衝撃を受けた昨年でした』」と▼そして、続きます。「かつて、日本中があのような惨状であったことを思い出します国外では『アラブの春』、格差に反対するアメリカ各地のデモなど、新しい時代の芽も現れてきました」▼いただいた賀状のほとんどがあの日のことを踏まえて、自らの『来し方』、東京大空襲に遭遇したこと、はたまた、外地からの引き揚げ体験を重ね合わせて、今年の行末になみなみならぬ決意をにじませています」

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「つなげたい」光あふれる世界へ 『赤旗・潮流』

広大な太平洋の水平線から立ち昇る朝日が大海原を赤く染めていきます。見渡す先には金華山。仙台湾の南部にある宮城・山元町の海岸です▼このまぶしい日の光を、待ち望んでいた子どもたちがいました。巨大津波に襲われたあの日。押しつぶされそうな不安と恐怖のなかで、中浜小学校の児童ら90人は屋上にある倉庫で一夜を過ごしました▼いまだ爪痕が残る校舎、それが整備され、震災遺構として9月から一般公開されています。当時5年生だった根元夏奈さんは教訓を伝える施設として「災害のときに命を守る大切さを感じてほしい」▼今年は東日本大震災から10年。被災地の歩みには困難を抱えながら復興に力を尽くす若者たちの姿がありました。ここ山元町に住む阿部結悟(ゆいご)さんもその一人。北海道の大学に通っていましたが、地元のために何かできないかと帰郷。NPOを立ち上げ、地域の仲間とともに海岸林の復活や被災者の雇用、起業支援に奔走してきました▼「まちづくりに住民がかかわることが復興の実感を高める」。みんなが暮らしていくうえで欠かせないもの、大事なものをあきらめたくないと。結悟さんの父親で震災時、町内の小学校教員だった広力(こうりき)さんはふりふり返ります。「先が見えないなかで若い世代のがんばりは光だった」▼災害や異常気象、そして感染症の拡大ー。そのなかで懸命に前を向き、生きようとする人びと。それを支える社会をつくり、光あふれる世界へとつなげたい。新たな年に込める思いです。(2021・1・1) 【注】コラムの転載を始めたのが昨年の4月。9カ月を過ぎ…

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「菅さん・その政治マジ?」『東京新聞・筆洗』

成田山新勝寺のようにお寺の正式な名には山の名。「山号」が付く。落語にもある「山号寺号」とはこれを使った言葉遊びでルールはかんたん。お題に対し、「山」と「寺」でシャレをつくる。気分の思い年であった。これで2020年を少しでも笑い飛ばすとする▼〈久拡散・大惨事>。のっけからシャレにならぬか。世界を悩ませ続ける新型コロナウイルス。甘く見たつもりはないが、ここまで拡大するとは〈誤算・大火事>となった▼經濟への影響も大きく<ご破産・忍の一字>と軽口をたたいている場合ではないか。来年はなにとぞ<コロナ退散・無事>となりますように。コロナの現場で闘う医師、看護師の負担も心配で<おつかれさん・医療従事>と声をかける▼日本を笑わせれくれたコメディアンの死は寂しかった。〈志村けんさん・帰らじ>。明るい話題は「はやぶさ2」の〈称賛・砂保持>。小惑星りゅうぐうから砂を持ち帰る任務を立派に果たした▼政治の方はほめられぬ。前首相の安倍さんの「桜を見る会」夕食会の虚偽答弁など懐かしい問題が続き、国民は<もうたくさん・不祥事>である。新首相の菅さんの政治も心配。コロナ対応も後手に回りがちで〈菅さん・その政治マジ?>と言いたくもなろう▼笑い飛ばそうと思ったが、顔がひきつってしまう。本年はこれにてお開き。よいお年をお迎えください。(2020・12・31) 【追記】〈御嶽山 木曽路>

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歴史の転換点に立つ私たち 『赤旗・潮流』

年越しの景色を一変させながら暮れゆく2020年。新型コロナウイルスとともにあった今年は、長く人びとの記憶にとどまる1年となりました▼パンデミック(世界的大流行)の勢いは、いまも収まりません。感染者は8千万人をこえ、死者は18万人に迫ろうとしています。日本も毎日のように感染者や重症者の数が最多を更新。いつ、どこで、誰もが。そんな状況のただ中にいます▼死を意識した。孤独で精神的につらかった。仕事や日常生活に戻れるのか、不安でたまらないー。これは東京都政策企画局のホームページで紹介された体験者の声です。症状や経過、周りへの影響や医療従事者への感謝とともに訴えているのは、このウイルスの恐ろしさです▼日々発表される数字の一つ一つにある悲しみや苦しみ。コロナ禍の貧窮やひっ迫する医療現場。ふりかかる苦難のなかで、なによりも支えや力になったのは、心の距離を近づけることでした▼人類が直面するこの危機をのりこえるためには人と人、国と国の信頼と団結が欠かせない。歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリさんが『緊急提言 パンデミック』で強調していっます。ウイルスが歴史の行方を決めることはない、それを決めるのは人間であること▼私たちはいま、歴史の転換点に立っています。命が脅かされるこのとき、変化が切に求められる政治や社会。進歩を妨げ、私利に走る政権に抗し、声を、たたかいの輪を、ひろげる新年としたい。危機の先につくる未来に向けて。(2020・12・31)

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1月1日は「世界平和の日」 『赤旗・潮流』

「いかに多くの資金が兵器、とくに核兵器に費やされているか」。そう非難するのはローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇です。教会が定める1月1日の「世界平和の日」に向け公表したメッセージでの言葉です▼「いたわりの文化、平和への道のり」と題したメッセージで、新型コロナ感染拡大に触れ、軍事費を貧困対策や医療に回すよう呼びかけました▼核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の報告によると、核保有9カ国の昨年の核兵器関連予算は729億ドル(約7・5兆円)。約半分を占める米国の支出だけでも集中治療室(ICU)のベッド30万床、人工呼吸器3万5千台、看護師・医師22万人超の給与に匹敵します▼医療に使えたはずの膨大な資金が核兵器に使われており、核兵器を公衆衛生への脅威とみなすべきだ・・・。カリフォルニア大学サンフランシスコ校のフューラー助教授の提起です▼核兵器は放射線や爆風などで命を奪う上に生き残っても一生健康被害が続き、「医療インフラにとって核攻撃への対策は不可能」と同氏。公衆衛生専門家が集まる世界最大の会合・米公衆衛生協会の年次総会(今年はオンライン開催)に連盟で核兵器禁止条約の署名・批准を大統領と上院に迫る決議案を提出、採択されました(10月)。米民間団体・核脅威イニシアチブのウェブサイトなどが伝えています▼コロナ禍でも核兵器に巨額の資金をつぎ込む不条理に広がる怒り、禁止条約参加へと保有国を追い詰める力になりつつあります。(2020・12・30)

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夫婦別姓を認めても・・・ 『赤旗・潮流』

「名字がひとつになった日」「あなたの名字になる私」・・・。こんな歌詞で結婚を表現するラブソングがあります。憧れを抱く人もあれば不快に思う人もいる。感じ方は人それぞれです▼結婚後に、同姓にするか別姓にするかを選べる選択的夫婦別姓制度。「慣れ親しんだ氏名のまま結婚することも認めて」「戸籍名と通称を使い分ける煩わしい生活から解放してほしい」と願う人たちが声を上げ、世論を動かしてきました▼実現を阻んでいるのは自民党内の強硬な反対です。「夫婦別姓を認めれば家族の絆が壊れ、子どもに悪影響が及ぶ」と。説得力に欠ける主張に「同姓をを否定するわけじゃない。別姓の選択肢を与えてほしいだけ。拒否する意味がわからない」「希望する人が別姓を選択したくらいで、この国では家庭が崩壊するの?」と批判があふれています▼両親が別姓の20代女性は「母親と名字が違う理由を聞かれるのは面倒だったけど、姓が違うことも当たり前になって、そんな悩みが解消するのが理想の姿」と言います▼価値観が多様化するなか、大切なのはさまざまな選択肢を用意すること。多彩な家族のあり方を尊重する社会であれば、子どもに悪影響など及ばないはずです▼かつて選択的別姓に賛成を表明してしていた菅義偉首相。日本共産党の小池晃書記局長の国会質問に「政治家として申し上げたことには責任がある」と答えました。だれもが自分らしく生きられる社会に向け自らの発言をいつ実行するのか、問われています。(2020・12・29)

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米国人には必携の本 『東京新聞・筆洗』

食うや食わずのひどい生活だった。人並みの暮らしをしたいと願い、脇目も振らず働いた。生活は次第に上向いた▼よし、もっと頑張ろう。こしらえた品物は世間の評判を取った。豊かになった。すると、まわりは白い目で見るようになった。あいつは經濟に目がくらんだアニマルなのでは ないか▼当時の日本人はもやもやしただろう。終戦から奇跡の復興を成し遂げ、自信もついたが、世界はさほどほめてくれぬ。1979年、その人は日本を「ナンバーワン」だと言ってくれた。日本の高度成長期の背景を日本人の勤勉さなどにあると分析したベストセラー、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の米社会学者エズラー・ボーゲルさんが亡くなった。九十歳▼お堅い本が七十万部も売れた。分からぬでもない。ハーバードの学者が日本を見習えと書いてくれた。頭をなでられた気がした▼もとは低迷期の米国を刺激する材料として書かれていた。かつての駐日米国大使、エドウィン・ライシャワーはボーゲルさんにこう語ったという。「米国人には必携の書。だが日本では禁書にすべきだ」。日本人が得意になることを心配していた▼われわれは得意になったのか、その後の日本。ボーゲルさんのほめた雇用制度や社会制度での見直しが遅れた。教育制度もどうも怪しい。日本の現在に、その輝かしい題名を目にするのが少々つらい。(2020・12・28)

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安全でクリーンな風を 『東京新聞・筆洗』

 オランダの風車は言葉を話すそうだ。戦争中、ある地域では風車の言葉がドイツ軍の行動を無線より早く住民に伝えた。無論、人間の言葉ではない。風車の羽根の位置によって「言葉」を伝える▼風車の羽根は反時計回りに回転する。例えば、羽根が頂点に差しかかる直前の位置で止まっていた場合、それは未来や希望、喜びを表す。逆に羽根が頂点を過ぎていたら過去や悲しみの意味だそうだ。気候学者吉野正敏さんの『風の世界』(東京大学出版会)に教わった▼日本のこの風車。羽根が未来の希望を示す位置にあることを願いたい。2050年に温室効果ガス排出量を実質ゼロにする政府の「グリーン成長戦略」。洋上風力発電を脱炭素化の主軸に位置付けた▼「いなさ」「ならい」「はえ」「東風」(こち)。日本には約二千の風の名があるそうだ、風に恵まれた環境ながら、日本のこの分野での取り組みは、EUなどに比べ、遅れていた。やっと風をつかまえたか。脱炭素化に向け、風穴をあけたい▼30年までに発電容量を一千万キロリット、40年までに最大四千五百万キロリットまで増やすという。原発四十五基分に相当する▼達成までの道程は順風満帆とはいくまい。技術開発の難しさ、沿岸漁業者との交渉など厳しい向かい風もあるだろう。国全体で強い追い風をおこし、安全でクリーンな風のエネルギーを集めたい。(2020・12・27)

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なかにし礼さんと満洲2 『東京新聞・筆洗』

終戦直後の「リンゴの唄」が苦手だったそうだ。底抜けに明るい曲調と罪のない歌詞。明るい時代へ向かう当時を象徴するような曲だが、聴くのが悲しかったという▼1946年。満洲からの引き揚げ船の中でその歌を船員に教えてもらった。満洲で生きるか死ぬかの体験をした。それなのに満洲に取り残された自分たちのことを忘れて、日本ではもうこんなに明るい歌を歌っているのか▼作詞家のなかにし礼さんが亡くなった。八十二歳。「天使の誘惑」「恋のフーガ」「石狩挽歌」「人形の家」。手になる名曲は挙げればきりがない。昭和歌謡の巨人が逝った▼「過去」。歌謡曲ではよく聴く言葉だが、菅原洋一さんの「知りたくないの」でなかにし礼さんが初めて使ったと聞く。五七調をなるべく避け、新しい言葉を曲に乗せる挑戦の人でもあった▼悲しい詞に持ち味があった。「二人で育てた小鳥をにがし 二人でかいたこの絵燃やしましょう」(「手紙」)「ほこりにまみれた人形みたい」([人形の家」)。日本に見捨てられたと感じた満洲でのこどくや痛み。その体験とくやしさが歌詞のどこかに必ず潜んでいる気がする▼「リンゴの唄」が明るく励ます曲なら悲しみを知るこの人の詞は孤独な人の背中を静かにさすり、自分も同じだよと慰めていた。戦後日本を唄で支えた人との別れに「石狩挽歌」の海猫が寂しく鳴く。(2020・12・26) 【リンク】「赤旗・潮流」

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なかにし礼さんと満洲 『赤旗・潮流』

『天使の誘惑』『今日でお別れ』『北酒場』・・・ふと口をつくフレーズの数々。昭和を代表する歌謡曲ヒットメーカーの、なかにし礼さんは小説家としても知られます▼2作目の『長崎ぶらぶら節』で直木賞を受賞し、翌2001年、満洲からの引き揚げ体験を描いた『赤い月』がベストセラーに。爆撃や飢え、病気で一歩間違えば死にーそんな危険に直面した1年2カ月にわたる逃避行を描きました▼「僕をつくった基礎は、戦争体験が決定的です。・・・満洲からの命からがらの逃避行が、僕の哲学、人生観を決めました」。本紙日曜版で語っています。あの戦争を書かなくては、の強い思い。「引き揚げを体験した僕にしか多分書けない小説でした」と▼流行歌さえも七五調が主流だった時代に、「破調のリズムで日本人の心を動かしたい」とあえて七五調を使わないことを作詞の鉄則としたことも。「戦争は悪であり、愚かな行為だ」の太い思いが▼最近10年間ほどは病気とのたかいでした。自著『がんに生きる』では「二度のがん闘病を経験した私が持つ使命は、理不尽と戦うこと」と。理不尽の最たるものが、平和を脅かし過去を否定する動きでした▼戦争、芸能界、心臓発作やがんからの生還ーその人生を振り返りつつ「わが人生に悔いなし」とも語っていた、なかにしさん。「日本を絶望から希望の国へと大転換させるために、共産党には大いにがんばってほしい」。1年前、日曜版新年号に寄せた言葉に82年の生涯の思いが込められています。(2020・12・26)

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いつもの手口『秘書のせい』 『赤旗・潮流』

われわれは、何のために国会議員を志したのか。それは、この国を良くしたい、国民のために力を尽くしたいとの思いから。7年前、壇上からすべての議員に熱く呼びかける姿がありました▼政権交代後、初の本格的な国会にのぞんだ安倍首相です。みなそれぞれが初心を思い出し、建設的な論議をしていこうと結んだ施政方針演説。いま、その訴えがわが身にきびしく、降りかかっています▼明細書はもらっていない、補填した事実もまったくない。事務所や後援会の収入、支出は一切ないー。自身の後援会が開いた桜を見る会前夜祭をめぐる疑惑で、国会での答弁がことごとく虚偽だったことがわかりました▼いくつもの証拠を突きつけられながら、居直ってきた安倍氏。こうも言い切っていました。総理大臣として答弁していることはすべての発言が責任を伴う。私の説明が軽いわけがないじゃないですか▼公金を使って後援会員らをもてなしていた「桜」、くり返し事務所が費用を補填していた前夜祭。法違反を重ねながら、それを全部秘書のせいにして済ますのか、森友や加計問題でもしかり。国会の議論をおとしめ、政治への信頼を損ねてきた罪はあまりにも思い。首相はもとより、政権全体の責任です▼こんあことをあいまいにしては国が堕落していくだけです、現金供与、大量買収、汚職・・・。ふきだす不正や疑惑の数々。渦中にいた菅首相をはじめ、うそにまみれた面々は今も。改めて突きつけたい。何のために国会議員になったのか。(200・12・25 【追記】謝って済むなら検察はいらない。

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「きよしこの夜」は平和への歌 『赤旗・潮流』

クリスマスの時期に誰もが口ずさめる歌「きよしこの夜」。牧歌的な賛美歌ではなく、実は平和への願いを込めた歌だった。25年前に発見された直筆譜でわかりました▼作詞したヨゼフ・モールは23歳で聖職者になり、現在のオーストリア・アルプスの山奥の村で巡礼教会の助祭となりました。一度も顔を見たことのない父の生まれ故郷でした。詞は、1816年のクリスマスイブの日につくられました▼「静かな夜、聖なる夜/すべての力を注いで/私たちすべてを兄弟として恵深く/イエスは世界の民をだきしめる」「・・・主は怒りをお捨てになって/ 父祖たちの大昔に/全世界にいたわりを約束された」(川端純四郎訳)▼10年もたたないうちに支配者が次つぎと代わり、やっとこの年の4月にザルツブルグに平和が訪れ、民族の和解を願ったのです。曲は、2年後に在任したオーベルンドルフの教会で、オルガニストのグルーバーがつくりました▼モールは、住民と親しくつきあい、洪水、船の事故や戦争ですべてを失った苦しい生活の話に耳を傾け、愛されました。その後も教会を転々とし、最後も山奥の小さな教会で迎え、「清く貧しく美しい」生涯だったといいます▼同時代のオーストリアのウィーンでは、ベートーベンが交響曲第九番の創作にとりかかり、シラーの「歓喜に寄せて」を取り入れました。「抱き合おう、もろびとよ/この口づけを全世界に」。やはり、平和な世界への願いを込めて、歌い上げています。(2020・12・24)

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「希望の光」中村哲さん物語に 『赤旗・潮流』

生まれて初めてであう絵本の定番として知られる『いないいないばあ』。刊行から半世紀以上も読み継がれ、発行部数は700万部を突破しました▼世代をこえ、子どももおとなも笑顔にしてきた絵本。そこには人と人を近づける不思議な力があります。いま心の支えが欠かせないコロナ禍でひろがり、手にとる機会が増えているといいます▼今月、アフガニスタンから1冊の絵本が国境をこえて届きました。『カカ・ムラド』。人びとが親しみと敬意を込めてそう呼んだ、中村哲さんを物語にして描きました。医師として多くの命を救うために用水路をひらき、干上がった大地を緑豊かにした功績を次の世代へ伝えるために▼現地のNGOが生前の中村さんをよく知る人たちから話を聞いて作りました。遠く日本からやってきて、長引く戦乱や干ばつに苦しむこの国の復興に情熱を傾け、人生をささげた活動に感謝しながら▼武装集団の銃撃によって命を落としてから1年。死を惜しむ声はやまず、公園や店に中村さんの名をつける動きも相次いでいます。この国の問題は戦争や暴力では決して解決できないと、平和とくらしの改善を求めてきた意志は引き継がれています▼いまも戦闘やテロが絶えず、空襲で子どもたちが犠牲になっているアフガニスタン。しかし、恩人がともした希望の光は消えていません。物語の最後、わが子をムラドと命名した父親が呼びかけます。「いつかムラドがカカ・ムラドがみた夢のつづきをかなえてくれるはずさ」(2020・12・23)

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生きる希望がわいてくる社会へ 『赤旗・潮流』

ハローワークに行くたびに並ぶ列が長くなっている。都内の食料支援にきていた30代の青年から聞きました。コロナ禍で自分も非正規のしごとを2度もクビになったといいます▼若者や働き盛りの年代が多く、深刻そうな相談も増えていると。実際、廃業や倒産が相次ぎ、生活苦による自殺者は急増しています。ただでさえ不安定な雇用はさらに。街中では露頭に迷う姿も目立ちます▼おにぎりをもらうために1時間半も歩いてきた、もう食べるお金もない。困窮する人たちを救うために日比谷公園で開かれた相談会には50人以上が訪れました。本紙社会面で伝えたように、口々に訴える窮状は切羽詰まっています▼仕事がない、住むところがないー。こんなときこそ支えになるのが国の役割のはず。何のため、誰のために税金を使うのか。政府が決めた過去最大となる106兆円超の来年度予算案にも、それは鮮やかに▼コロナ対応として5兆円を予備費に計上しながら、それ以上の巨額を増大する軍事費に注ぎ込む。有害だけの辺野古・米軍新基地に伴う警備費に1日2200万円もの税金が投じられていることもわかりました。国民や命を守る現場があえいでいる、このときに▼これだけの財源があれば、どれだけの人びとを救済できるか。大企業の便乗リストラや拡大していく格差に歯止めをかけることも政治の役目です。先の青年は貧苦の人を助けたいと支援を手伝うように。生きる希望がわいてくる社会へ、たくさんの声をつなげるときです。(2020・12・22)

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甦る戦後まもなくみた映画の数々

 戦後まもなく見た映画で今でも記憶に残っているものを挙げろといわれれば、スラスラと出てくる。それは「風と共に去りぬ」をはじめとして、[戦争と平和」「今ひとたびの」「戦火のかなた」「自転車泥棒」「鉄道員」「第三の男」。そして「禁じられた遊び」などである。  敗戦の混乱期とあって、やはり、あの戦争は何だったのかが、一大テーマになったのは自然の成り行きだったが、洪水のように日本に入り込んだハリウッド映画はともかくとして、イタリアン・ネオリアリズムの潮流には圧倒された。  また、何といっても映画音楽には酔わされた。とりわけ、「禁じられた遊び」で流される哀愁、はかなさ、初々しさをかきたてるギターの調べには吸い寄せられた。「禁じられた遊び」は1952年にフランスで制作された映画。バックでコラボする曲は「愛のロマンス]という題名のスペイン民謡。

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宇宙の謎ひもとくロマン『赤旗・潮流』

浦島太郎が竜宮城の乙姫からもらって帰った玉手箱。戒めを破って開けると白い煙が立ちのぼり、たちまち白髪の老人になってしまった。幼い頃の記憶にあるおとぎ話です▼各地に残る浦島伝説。なかには、箱を開けると白い綿のようなものがふきだし、太郎が鶴にになるという筋書きも。では「リュウグウ」から持ち帰った玉手箱を開けると何が起きるのか? 年をとるのは科学。科学の時計を前に進められますー▼探査機はやぶさ2のチーム責任者、津田雄一さんが5年前にそう答えていました。地球から3億㌔のかなたにある小惑星に名を付けたときです。その言葉通り、太陽系や生命、水の起源に迫るヒントが詰まっていました▼カプセルに入っていたたくさんの砂粒やガス。太陽系の化石と呼ばれる小惑星の物質には、宇宙の謎をひもとくロマンが隠されています。さらに異なる地点や地下からの採取をふくめ、今回の快挙がもたらした科学的な価値は計り知れません▼津田さんは著書のなかで語っています、「組織のためや国のためではなく、人類全体の英知に貢献するミッションだから、世界に喜ばれた」(『はやぶさ2最強ミッションの真実』)。そして子どもたちにこそ、その価値をつたえたいと▼コロナ禍の暗い世相にあって、わくわくするような未知への挑戦。それは胸を躍らせた昔話にも通じます。ウラシマクレーターをはじめ、リュウグウには日本の物語からとった地名がいくつも。世界へ、宇宙へと楽しい未来が広がるように。(2020・12・21) 

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密集を避けた「年内初詣」 『東京新聞・筆洗』

「冬の春」という耳慣れぬ季語がある。今の人がそう聞いて連想するのは冬の季節にたまたま訪れた春のように暖かく穏やかな日か▼ちょっと違う。「冬の春」とは「年内立春」のこと。これも今やなじみが薄いか。新暦の立春はニ月四日前後で旧暦では一月になりそうだが、暦のズレで12月にやって来ることがしばしば起こる。冬の十二月に来る立春なので冬の春▼思い浮かぶのは古今集の歌だろう。<年のうちに春は来にけり一年(ひととせ)をこぞとやいはむ今年とやいはむ>在原元方。年の暮れに春=正月が来たが、この一年間をもう去年(こぞ)と言うべきなのか、まだ今年と言うべきものかと迷っている▼暦とは関係のない話だが、あまり良い年だったとは言いにくい今年である。まだ十日以上残っているが、もう終わらせて、「去年」にしても構わぬ気分もあろうか。よい手がある。ちょっと早い初詣である▼コロナ感染対策として初詣の分散参拝が提唱されている。それはそうだろう。いつもの年のようなあの混雑に出ていくのは心配だし、気も引ける。気の早い初詣に神さまはへそを曲げないか。気休みにもならぬが、自分が神さまなら人のことを思い、密集を避けた「年内初詣」には一段と御利益を弾むだろう▼年の内に初詣を済ませてめでたき新春を先取り。<年の内に春は来にけり猫の恋>一茶。良いことがありそうな気はする。(2020・12・20)

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トンネルを抜けると雪国であった 『赤旗・潮流』

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった・・・。川端康成『雪国』の有名な書き出しです。場所は群馬と新潟を通す上越線の清水トンネルであるとされています▼小説の舞台は越後湯沢温泉。都会から向かうと、三国山脈や越後山脈が連なるこのあたりからの光景は一変します。白銀がつづく世界へと。国土の半分以上を豪雪地帯が占める日本は「世界一の雪国」ともいわれます▼長く雪とともにあり、なじんできた地域。しかし、この降り始め、12月の大雪は予想をこえました。上越線と並行して走る関越道では湯沢を越えた付近で、およそ千台の車が立ち往生。16日夜から交通障害が発生、数十時間も車中で過ごし、雪を食べてしのいだという運転手も▼下りは解消されて自衛隊や高速道路の職員が食料を配っていますが、体調を崩したと訴える通報が相次いでいます。寒さやエコノミー症候群も心配され。一刻も早い救出がもとめられます▼あっという間に降り積もり、交通の大動脈を遮断した雪は、さまざまな配送にも被害をもたらしました。今後、週末にかけて日本海側を中心にふたたび雪が強まる恐れもあります。交通やインフラへの影響、落雪や停電をはじめ、十分な警戒とともに早めの対策が必要です▼地球温暖化によって、雪国でも少雪と大雪の二極化が進んでいると専門家が指摘してから久しい。その傾向はますます。雪は、天から送られた手紙といわれます。それを受けとめるのは、われわれ人間です。(2020・12・19)

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ベートーベン生誕250年 『赤旗・潮流』

合唱メンバーは全員、鼻から胸までを真っ白な布で覆っていました。オーケストラは”炎のコバケン”こと小林研一郎さんのイラスト入りのおそろいTシャツ。「コバケンとその仲間たちオーケストラ」の「第九」です▼小林さんの情熱的な指揮にみちびかれ、1時間を超す演奏会が終わるとホールは拍手が10分近く鳴りやみませんでした。小林さんが感極まったように話します。「今日のような特別な時間に恵まれたことは、指揮者としてとてつもない幸せです」▼今年はベトーベン生誕250年。しかし予定されていた多くのイベントは新型コロナウイルスの流行で中止・延期に。年末恒例の「第九」も「歓喜の歌」の合唱がネックとなり、幾つもの壁が。先述の真っ白な布は、東京混声合唱団が試行錯誤の末、開発した「歌えるマスク」です▼「すべての人々は兄弟となる」と歌う「第九」は、コロナ禍で分断された私たちへの啓示に聞こえます。小林さんは、本紙日曜版のインタビューで「人類のために愛や勇気、平和や祈りを音楽で伝えようとしたのだと思います」▼その理念は視覚、聴覚、知的障害者の人たちも参加する同オケにも。2005年、長野で開かれた知的障害者の国際スポーツ大会を機に小林さんの呼びかけで設立。「すべての人々が輝いて活きることができる」社会を目指し、全国で演奏会を開いてきました▼難聴、失恋、愛憎疾患と試練を音楽の力で乗り越えていったベートーベン。苦悩から歓喜へ。今こそ耳を傾けたい。(2020・12・18)

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一刻も早く土俵を降りるべき 『赤旗・潮流』

相撲用語のひとつに「痛み分け」があります。取り組み中に力士が負傷し、続けられないと判断された場合に宣告されます。行司が「かたやに痛み、引き分け預かりおきます」と口上をのべ、「痛分」の幕が上がります▼審判と行司の協議で決めますが、このとき相手力士にうけいれるか伺いをを立てるそうです。競技性が増した戦後はほとんど出ていませんが、本来は引き分けにして痛みを分かち合うという意味が込められていたのでしょう▼コロナ禍のいま、痛みを共有することが大切といわれます。自分のことだけを考えずに、ひとの痛みや苦しみに寄り添って行動する。それが危機をのりこえる何よりの力になると。ところが、国の施設はどうか▼菅政権の遅きに失した「Go To トラベル」の停止。年末年始の利用者は大混乱、書き入れ時の予約が次々に消えていく旅行業や観光業は悲鳴を挙げています。その対応もドタバタなときに首相は高級ステーキ店で開食していました。しかも5人以上、恒例の人たちと集まって▼止まらない感染拡大で医療の崩壊が差し迫り、なりわいが立ちゆかない人びとは途方に暮れたままです。そもそも大勢が旅行の余裕も機会もないなか、こうした公費の使い方は不公平との声もでています▼だいたい、あの「勝負の3週間」とは何だったのか。一方で旅行や会食を奨励しながら危機感を訴えても国民に響くはずがありません。こちらは痛み分けとならず、勝敗がはっきり。一刻も早く土俵を降りるべきです。(2020・12・17)

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