「東京大空襲」 関連ブログ 一覧

 一晩で10万人が焼き殺された「東京大空襲」。国は「被災者に応分の補償と謝罪を!」と立ち上がった市民たち。その先頭に立ったのが畏友、星野弘さんと牛山れい子さん。訴訟して以来10数年経つても決着を見ず、両氏とも無念の思いで鬼籍に入った。今ここにその業績をふり返ってブログに認(したた)めた。ページ数は596、総アクセス数は49460である。        <アクセス ベスト10> ①2463 狩野光男画 「東京大空襲」 ㊥ ②2033        〃          ㊤ ③1977        〃          ㊦ ④1171 あの「東京大空襲」と私 ⑤ 970 無差別空襲 日中集う ⑥ 829 私とあの「東京大空襲 ㊤ ⑦ 403 並木路子さんと東京大空襲 ⑧ 402 佐藤真子 東京大空襲歌う ⑨ 382 大空襲 東京とドレスデン ⑩ 365 「もし君に会わなかったら」早乙女勝元 ⑪ 364 早乙女勝元「死んでもブレストを」 ⑫ 363 あれから66年 東京大空襲 【注】下 同日の集会のための宣伝チラシ https://38300902.at.webry.info/theme/1e483f512d.html

続きを読む

「石碑の誓い」 炭になって 永井和子

 連休中のこと、突如電話が鳴った。「私、作曲をしている○○と申します。実は『東京大空襲・戦災資料センターを介して、永井和子さんの『炭になって』という詩を見ました。今、東京大空襲、沖縄、広島、長崎の四つをテーマに組曲を考慮中ですが、永井和子さんの「迫ってくる至極のことば」を曲に組み入れたいと思い、お願いを・・・」という内容だった。  小生、許諾を云々する立場にはないが、すぐさまOKを出してしまった。帰宅した息子に伝えると「ホー、いい話だ」と頷(うなず)く顔に、こちらは「オー」。 【注】「炭になって」は1976年8月15日発行の「写真集ー石碑の誓い(9P)」に所載の詞

続きを読む

5月に聞いてみよう!山の手空襲と戦争の時代

 74年前の5月、東京は3月、4月に続いて大規模な空襲を受けました。山の手空襲です。その空襲で傷つきながらも、戦渦をくぐり抜けたピアノがあります。このピアノは、平和を願うピアニストのおかげでよみがえり、今も音色を奏でてくれます。その演奏を聴き、あるいは一緒に歌い、山の手空襲に思いをはせてみませんか! ◆日 時:2019年5月25日(土)       10:30~12:30 ◆場 所:東京大空襲・戦災資料センター ◆参加費:通常の入館料 300円     5月には新元号もスタートします。新しい時代に入っても、「昭和」の戦争のことは、風化させずに語り継いでいかなくてはなりません。  そこで、ゲストをお呼びして、当時のことをお話していただきます。  ご予約は不要です。ぜひご参加ください。 共催:江東健康友の会&東京大空襲・戦災資料センター 03-5867-5631

続きを読む

語り継ごう 憲法のこころ

 「世界の子どもの平和像18周年のつどい」 5月5日に東京大空襲・戦災資料センター(江東区北砂)で開かれる「集い」の案内チラシです。  安倍首相は昨年末に臨時国会閉幕後の記者会見で、2020年を新しい憲法が施行される年にしたいという自らのもくひょうについて「今もその気持ちには変わりはありません」と明言しました。  首相はあくまでも、改憲に固執しています。憲法をめぐる情勢はいよいよまったなしの状況になってきました。  今年のつどいでは、沖縄・辺野古の基地建設問題と命の問題からお話をいただき、改めて平和憲法の大切さを考えるつどいにしたいと思います。 【連絡先】090-8818-4342 (近森)

続きを読む

ふたたび この国を 火の海にさせないために!

 2015年3月6日開かれた『全国空襲連』の大集会。後日、その模様が小冊子になって発刊されましたが、呼びかけ人から多数の賛同メッセージが寄せられています。以下転載します。(順不同・敬称略)       呼びかけ人賛同のひとこと ●差別のない空襲被害者等援護法の策定を望みます。(大沢 豊=映画監督) ●昨今政治状況は、日本人を不安に導くと思えてなりません。せっかく築いてきた平和を、さらに深化させ、世界に広げていく努力くぉしたいものです。(大石芳野=フォトジャーナリスト) ●国家に殺される空襲という結末は、二度と在って欲しく無い。(小林亜星=作曲家) ●1945年8月15日未明、我が町熊谷市は空爆を受けました。死なずともよい市民が大勢殺されました。すでに降伏声明を出していたにもかかわらず、余った焼夷弾を無駄にしないための最後の空爆だったそうです。その無念はいまでも私のトラウマとなっています。(森村誠一=作家) ●過去があるから現在が、未来がある。過去を反省し、清算できない国に明るい未来があるでしょうか。(松元ヒロ=コメディアン) ●平和国家・都市の市民を守るために、理念と実行の両面のバランスを!(小中陽太郎=作家) ●戦争も知らず、歴史からも学ばず、未来への想像力も欠けた政治屋が「この道はいつか来た道」の合唱を始めています。許せません。(鈴木瑞穂=俳優) ●空襲被害者に補償もできないような国が、集団的自衛権行使容認で新たな海外の戦争被害者を出すことになるかもしれません。こ…

続きを読む

東京大空襲74年 江東区と台東区で集い

 10万人以上が犠牲になった東京大空襲から74年となった10日、江東区で「東京大空襲を語り継ぐ集いが開かれ、約350人が参加。また、台東区の言問橋のたもとにある追悼碑の前で追悼集会が開かれ、参加した120人が碑に献花しました。(しんぶん「赤旗」-3月11日付)

続きを読む

戦災資料センター・早乙女館長 退任へ

 東京大空襲・戦災資料センター(東京都江東区)館長で、作家の早乙女勝元さん(86)=写真=が10日、2002年の開設以来勤めてきた館長を、6月で退任することを明らかにした。(東京新聞・3月11日付ー長竹祐子)  早乙女さんは同区であった「東京大空襲を語り継ぐつどい」であいさつし、「6月に館長を降りることになった。17年やっていて、若い人の出番を封じることになりかねない。体調も良くない」と語った。  後任は未定としながら、「自分のライフワークとセンターのテーマは共通するものがある。不条理がまかり通る戦争がだんだんと生活の中に沁み込んでいくことは、阻止したい」と、館長退任後もセンターを支えていく意向を示した。  早乙女さんは12歳で大空襲を体験し、戦後は働きながら夜間学校に通い、文学を学んだ。1970年に「東京空襲を記録する会」を結成、ルポルタージュ「東京大空襲・戦災誌」で菊池寛賞を受賞。戦争や大空襲の実態を伝えていくために、同センターを民設民営で開設するのに尽力した。

続きを読む

「平成のことば」 東京新聞 3月10日

 炎が大横川の川面をなめていきました。炎に追われ、何百人もの人が橋から落ちてきます。空気が火と同じなんです。  ◆東京大空襲で被災 栗原三雄さん(74)  2005(平成17)年3月10日、米軍機の焼夷弾で10万人が犠牲になった大空襲から60年。現在の墨田区に住んでいた栗原さんは、未明の猛火をこう振り返った。川に飛び降りて生き延びたが、両親と姉を失い、戦災孤児になった。 (年齢は当時)

続きを読む

東京大空襲 「時忘れじの集い」15周年

 推計10万人以上が犠牲になった太平洋戦争中の東京大空襲から74年となるのを前に9日、東京都台東区の上野公園にある追悼の碑と母子像の前で「時忘れじの集いが」が開かれました。しんぶん「赤旗」のコラム「潮流」が書きつづります。 【潮流】子どもたちの笑い声が響きます。それを見つめる母や父の優しいまなざし。青空のもと、春めいた東京・上野公園には穏やかな次官が流れていました▼家族連れでにぎあう広場の一角に、幸せそうにたたずむ母子像が時を刻んでいます。「時忘れじの塔」。いまでは信じられない地獄絵がひろがり、たくさんの人が死に、黒焦げの遺体が連なった津及第空襲。sn喜々津を風化させてはならぬと▼きぬ開かれた塔建立15周年の記念の集い。みずからも肉親を失い、あの悲しみ苦しみを後世に伝えたいと奔走したエッセイストの海老名香葉子さんは「戦争ほど恐ろしいものはない」と改めて▼一夜にして10万余の命が犠牲になった3月10日の大空襲から74年。太平洋戦争末期、日本は東京だけでなく全国の都市や街が米軍の無差別爆撃にさらされました。軍事施設に限らず、港や列車、民家や学校まで。まさに日本人すべてが標的でした▼その背景には、戦争一色に国を染めあげ、無謀なたたかいに全国民を巻きこんだ日本n軍国政治がありました。当時の米文書には「日本に民間人はいない」とまで。しかも日本政府は、いまだにアジア侵略n反省m、本土空襲などの被害者にたいする謝罪いもありません▼地球上の子どもたちが笑顔で仲良く手をつなぐ日の訪れをー。85歳になる海老名さ…

続きを読む

あれから74年 「東京大空襲」と西村 滋

 僕は戦争孤児しか書かない作家です。世界に一人だけなんて変なほめ方をしてくれた人がいましたけど、書けないんですよ他のこと。他のことを書く暇があったらまだまだこの子のことあの子のことを書きたい、しぬまで書ききれやしませんよ。(西村滋「語り継ぐ東京大空襲」-「平和のための名言集」P74)  ■西村 滋(1925~2016)年。作家。名古屋生まれ。幼くして両親と死別して孤児となる。放浪生活をするも、身元不明の身で軍への招集をまぬかえた。1945年3ガウ10日の東京大空襲で肉親を失った戦争孤児の施設で働く。その体験をもとに刊行された『お菓子放浪記』など、戦災孤児をテーマにした作品を続々と書く。

続きを読む

東京大空襲 その時軍隊は?

 東京大空襲(1945年3月10日)前後の軍隊の動きなどにスポットを当てる企画店「東京大空襲~罹災者・救護者・戦争遺跡~」が、すみだ郷土文化資料館(墨田区向島2)で開かれている。敗戦前後に多くの資料が焼却され、解明が進んでいない軍の動きの一端が当時の資料や証言から浮かび上がっている。(東京新聞3月8日付ー「都心版」 大沢令)

続きを読む

大空襲「体験画」で伝える 浅草公会堂

 「被災74周年東京大空襲資料展~ふたたび惨禍を繰り返さないために~」が8日から、台東区の浅草公会堂(浅草1)で始まった。10日の大空襲の日にあわせた催しで、市民有志による実行委員会が主催し、区が共催。32回目を迎え、すみだ郷土文化資料館が所蔵する大空襲体験者が描いた「体験画」を特別企画として初めて展示した。(東京新聞3月9日ー「都心版」 井上幸一)

続きを読む

東京大空襲74年 遺族会が犠牲者名一部公表

 10万人が亡くなった東京大空襲から10日で74年。東京空襲犠牲者遺族会が先月中旬の会報で、これまで収集してきた犠牲者名の一部、約200人分の「名簿」を公表した。(東京新聞・3月8日付「こちら特報部」)  東京空襲を巡っては都が8万人余の犠牲者名簿を収集、遺族会は慰霊や犠牲者の掘り起こしにつながるとして公開を求めているが、都は認めていない。会報掲載に応じた遺族らの思いを聞いた。(片山夏子、安藤恭子) ■デスクメモ   東京空襲犠牲者遺族会は死者約6千6百人の性別、年齢も分析している。壮年層は徴兵の影響で男性より女性がが多い。最も多い年齢層は「十歳以下」で、次が「二十歳以下」。学童疎開した世代は少ないが、親を失って孤児になった人も多いはずだ。被害は非戦闘員に集中していた。(本) 2019・3・8 【注】東京空襲犠牲者遺族会は9日午後1時から、台東区の浅草公会堂で開かれるトークイベント「空襲死社の行方」で、会報で公表した205人分の名簿を配る予定。

続きを読む

あれから74年 「東京大空襲」と浅沼稲次郎

 私の住んでいた深川の清砂アパートは20年3月10日の空襲で全焼し、私はからくも生き残ったが、一時は死んだのウワサがとんで、友人の川俣代議士が安否をたずねに来たことがある。(「平和のための名言集」3月8日付。P73)  つくづく生きていてよかったと思い、これからはいわば余禄の命だと心に決めた。そしてこの余禄の命を今後の日本のために投げださねばと。(浅沼稲次郎) (『東京大空襲・戦災誌 第4巻』東京空襲を記録する会) ■浅沼稲次郎(1898~1960)。政治家。東京生まれ。大学在学中から無産者運動に参加。日本大衆党より市議選に立ち、江東区深川に住む。戦後はn日本社会党意部長から衆議院議員に。60年3月には日本社会党の委員長として活躍するも、同年10月12日、日比谷公会堂の立会演説会壇上で、右翼少年・山口二矢によって刺殺された。 

続きを読む

東京大空襲74年 民間被害者「ただちに救済法を」

 東京大空襲から74年となる10日を前に、全国空襲被害者連絡協議会が6日、千代田区の衆議院第二議員会館で集会を開いた。国は元軍人らに計60兆円もの補償をしているが、民間の空襲被害者は放置しており、「ただちに救済法を」と求める声が相次いだ。(東京新聞・3月7日付ー「都心版」 )  国会議員16人を含む約百人が出席。東京大空襲で孤児になった吉田由美子さん(77)は「軍人のような国との雇用関係がなかったと言われるが、銃後の民間人も総動員されていた。納得いかない」と語った。  大阪空襲で家族ら9人を亡くした吉田栄子さん(84)は「父や姉の遺骨がどこにあるか、いまだに分からない。一日も早く助けてください」と声を詰まらせた。  超党派の国会議員連盟は一昨年4月、一人50万円の一時金や被害調査を柱とする骨子案をまとめたが、提出されていない。北村誠吾衆院議員(自民)は「党内に理解していただき、コンセンサスを得る努力をしている」と述べた。(橋本誠) ■しんぶん「赤旗」も掲載 7日付 

続きを読む

あれから74年 東京大空襲と永井和子

 1945(昭和20)年3月10日の東京大空襲。目の前で母と妹を焼かれた橋本代志子さんの痛恨の思いをうたった歌。1970年代の「江東の空襲慰霊碑を創る会」の運動のなかで、詩人の永井和子(故人)が彼女に贈った「沈丁花の花といもうと」。初演は横井久美子さん。 ■沈丁花   巡る季節を香りで知らせてくれる。春がくると、忘れないでこの地に必ず寄り添って咲いてくれる、清楚な白い花。

続きを読む

「若者が継ぐ 戦争の体験」 空襲体験聞き取り

 戦争から歴史の教訓を学ぼうと、市民団体が東京大空襲などを体験した人から話しを聞く取り組みを続けている。戦後74年。若い世代の責任として風化する戦争の記憶を受け継ぎ、未来にバトンを渡そうと真剣に向き合っている。(東京新聞・大沢令 3月3日付ー「都心版」)

続きを読む

緊急! 全国空襲連のつどい 3月6日

 民間人空襲被害者に人権はないのか!来る3月6日衆議院第2議員会館で集会が開かれます。主催は全国空襲被害者連絡協議会(03-5631-3922)。筑波大の木戸衛一さんが基調講演します。

続きを読む

東京大空襲21人の体験記 来月10日発刊

 「平和への思いがぎゅっと詰まった”遺言”です」-。東京大空襲・戦災資料センター(江東区)で惨禍の体験を語り続ける人たちが、新たな体験集を企画、編集している。(東京新聞ー2月13日付「都心版)  1945年の空襲から74年。体験者が年々減り、その歴史が風化していくことへの恐れを胸に、下町で大きな被害を出した東京大空襲の3月10日に発刊する。(長竹裕子記者) ■体験集「あのとき子どもだったー東京大空襲21人の記録」(績文堂出版)はA5判約280㌻。予定価格は1500円(税別)。3月10日の東京大空襲を語り継ぐ集い(江東区文化センター)で販売。東京大空襲資料センターのホームページでも注文できる。問い合わせは、同センター=電03(5857)5631=へ。

続きを読む

2019年 開館17周年 東京大空襲を語り継ぐつどい

 東京大空襲・戦災資料センターが江東区の北砂に設立されて今年でもう17年目になる。僕もその設立の日に参加した。あの戦禍の実相を民間だけの力でここまでよく存続し得たことを思えば感慨無量のものがある。今年の「つどい」の多彩なプログラムが発表された。  メインの講演は中島 京子さん(直木賞作家)で、演題は「記憶を受け取る~想像力の鍛え方」。戦争未体験者の中島さんが鋭い感性で語るであろう説話に興味深々である。講演にあたって氏からメッセージが寄せられているのでそれを紹介しよう。 ■メッセージ   東京の街に爆弾や焼夷弾が降り注いだのは、もう70年前のことになります。実際に体験していない者が、それを自分自身にとって重要な記憶として、きざみ込むというのはどういう好意なのか、どうすればそれが可能なのか、そしてそれをさらに若い世代にバトンのように渡していくために何をすればいいのか。デビュー作の『FUTON]』で下町の、『小さなおうち』で山の手の大空襲を小説の中に買き込んだ経験をお話しつつ、会場のみなさまといっしょに考えてみたいと思っています。

続きを読む

今日、三回忌を迎える 牛山れい子さん

 かけがえのない女性(ひと)、牛山れい子さんが亡くなって今日は三回忌(2017年2月3日歿))を迎えます。以下はその5ヶ月前、私に寄せられた親書です。「雨ニモ負ケズ!輝イテ」と添え書きされた絵手紙に”決別の意”が淡々と述べられていて感無量です。  近況お伺い申し上げます。  猛暑や台風など自然環境に翻弄されている今日この頃、皆様には、いかがお過ごしでしょうか。  この夏、「このままなら6ヶ月位?」と生命(いのち)の期限を告げられました。××××です。7月29日に東大病院で病巣を取り除く手術をし、今は、自宅療養しています。再発を許さないために「免疫力」を高める食事や温熱療法に力を尽くしております。  ”いのち”を実感しています。          2016・9・12 牛山鈴子   そして、年が明けて2017年1月、「寒中お見舞い申し上げます」の便りが・・・      寒中お見舞い申し上げます    みなさまにはお健やかに新年をお迎えのことと  お喜び申し上げます  昨年は思いがけない「癌」の発覚 手術 年末  の緊急入院と大わらわでした  今年は新年早々新しい家族に恵まれました。  人生最高のご褒美です 宝です 大任を果し  た思いです  あとは自然体で命を満喫したいと思います  みなさまのご健勝と平和な日常を祈念いたします     2017年正月

続きを読む

空襲被害者救済法を 「もう待てない」

 1945年3月10日の東京大空襲で両親と3カ月の妹を亡くし戦災孤児となった吉田由美子さん(77)は「国の不公正な補償で民間被害者は補償されないまま放りっぱなし。私たちはもう待てません。一日も早い救済実現へ力をお貸しください」と訴えました。(しんぶん「赤旗」1月27日付)  全国空襲被害者連絡協議会は26日、第2次世界大戦末期に日本各地を襲った米軍の空襲の被害者・障害者、戦災孤児を救済する法律の制定を訴え、東京都千代田区の有楽町マリオン前で専断しました。  有楽町は、74年前の1月27日の空襲で多数の犠牲者を出した地域です。空襲被害者ら20人が参加し、空襲被害者救済法(仮称)の制定を訴え「今月末から開かれる通常国会で、何としても実現させましょう」「民間被害者の補償の実現が、二度と戦争をしないことにつながります」などと呼びかけました。  日本政府は旧軍人・軍属について恩給や援護年金などで総額60兆円もの補償・援護をしていますが、空襲による民間人の被害者には謝罪も補償もいっさいしていません。  東京。大阪、名古屋、沖縄で空襲被害者への国の補償を求める訴訟がたたかわれましたが、昨年9月にすべて敗訴。一方、裁判では原告の被害を認定し「本来、立法措置がとられるべきもの」との判断が示され、国会でも超党派の議員連盟が発足しています。

続きを読む

B29の記憶 描き出す 93歳長谷さん

 1945年3月10日に目撃した東京大空襲の悲劇を後世に伝えたいと、東京・三鷹市の長谷録也さん((93)が、米軍の戦略爆撃機B29の空爆などを題材にした水彩画と水墨画計13枚を描き上げた。(東京新聞・12月27日付ー「都心版」)  長谷さんは、先の大戦が終わる5カ月前に召集されて旧満州(中国東北部)に出征し、戦後シベリアで4年間の抑留生活を送った。  45年3月は召集直後で、外地に送られるのを待っていた千葉県柏市の部隊で、東京上空に数百機のB29が飛来するのを目撃することになった。    (前略)11枚の絵は、来年3月10日の東京大空襲の日の前後に、三鷹市内などを巡回展示できるように準備しているという。我執にまとめて出版する計画も進んでいる(水谷孝司)

続きを読む

緊急! 全国空襲連のつどい

 空襲被害者の救済まで私たちはあきらめない。 この5日、衆議院第2議員会館1Fで集います。わたしたちの取り組みも正念場。最近の状況を共有しましょう。誘い合ってご参加ください。

続きを読む

イラクの空 ファルージャの街 あの子が

 子どもたちの夢を奪った東京大空襲の悲劇を描いた絵本『あしたのやくそく』を出して3年。「この厳然たる事実を、平和の大切さを語りつづけていかなければ」という思いがあふれる吉村勲二・ミヱ夫妻です。  それがまた、昨年来の理不尽なアメリカのイラク攻撃の惨状を見るにつけ、聞くにつけ、あの茫漠たる砂漠の地で傷つき殺されていく子どもたちに思いが馳せられていったのでしょう。ペンをとり、詞を寄せてくれました。アブダル君の姿が目にやきついたのです。(2004年8月)     あの子がわたしを見つめている。   2004年4月9日の夜、イラク・ファルージャで米軍のミサイルの破片で顔面を負傷したアブダル君。運ばれた米軍の病院では眼球の摘出しかしてくれませんでした。今でも「自宅に帰るのが怖い」という。フオトジャーナリストの森住 卓(もりずみ・たかし)さんの主権移譲後のイラク緊急リポートの写真の少年が語ります。(吉村ミヱ)       あ  の  子    新聞の中から あの子が見ている  ねえ、ぼくのこと知ってる  ねえ、ぼくのとうさんのことは  ねえ、ぼくのかあさんのことは  ねえ、ぼくのねえさんのことは  新聞のあの子が話かけてくる  ぼく、学校へ行きたいよ  とうさんとサッカーやりたかったよ  かあさんのパンが食べたいよ  ねえさんのうたが聞きたいよ  あの子の片方の目は光を失い  あの子の家は破かいされた  あの子の家族は空へと消えていった …

続きを読む

「東京都平和祈念館(仮称)」の建設を!

 一日も早く「東京都平和祈念館(仮称)」の建設を!と建設をすすめる会では18周年のつどいを来る12月5日、エデュカス東京で開きます。 ◆2018年12月5日 PM6:30 ◆エデュカス東京5FB会議室 ◆参加費:800円(青年学生は無料) ◇第1部 記念講演  「記憶の継承ーアジア・太平洋戦争の戦場の現実から考える」吉田裕さん(一橋大学特任教授) ◇第2部 第20回総会  「東京都平和祈念館(仮称)」建設に向けての2021行動計画(案)などのついて   <主催>:「東京都平和祈念館(仮称)」         建設をうすめる会

続きを読む

戦争孤児に国支援なし 東京大空襲

 「戦争孤児たちの戦後史研究会」の東京での巡回研究会が17、18の両日、江東区の東京大空襲・戦災資料センターで開かれました。研究会は2日間行われ、18日は戦跡を巡りました。(しんぶん「赤旗」・19日付)  1945年3月10日の東京大空襲で両親を失った元木キサ子さん(当時、小学校4年生)は、襲い来る火の中を逃げまどった体験を証言。戦後、裸で鉄格子の中に入れられている戦災孤児たちの写真を示し、「これが、国が起こした戦争で親を奪われた子どもにたいする国の仕打ちです。人格も権利もない」と、冷酷な国の施策を指摘しました。  両親と当時、生後3カ月の妹を東京大空襲でなくした吉田由美子さん=当時、3歳=は、小学校4、5年生のころ、親戚のアルバムから両親の写真が出てきて、親の顔を知ったといいます。「東京大空襲訴訟で敗訴確定後、民間人の戦争被害を救済する法律をつくる国会議員に働き掛けてきました。戦争は人災です。人災は絶対あってはならない」と訴えました。  東京都中野区の児童養護施設・愛児の家主任の石綿裕さんは、国の支援がほとんどないなかでとりくんできた孤児救護活動を報告しました。  東京大空襲・戦災資料センターの山辺昌彦主任研究員は、東京大空襲の全容と被害を詳しく解説しました。

続きを読む

尾久初空襲 最後の語り部 絵で問う平和

 太平洋戦争中に米軍機が初めて日本の本土を襲った「ドーリットル空襲」で、最初に爆撃を受けたのが現在の東京都荒川区東尾久の住宅街だった。「尾久初空襲」と呼ばれるこの空襲を体験した男性が、記憶をたどりながら絵を描いている。紙芝居にもなり、子どもたちへの伝承が続いている(東京新聞7月28日夕刊ー中村真暁)

続きを読む

2018年 第6回全国空襲連総会のご案内

 2018年、第6回の全国空襲連総会が8月9日(木)に11時から「すみだ女性センター」3階で開かれます。これには「戦後73年 空襲被害者たちの叫び」と題して作家の早乙女勝元さんが講演します。      私たちは絶対にあきらめない ■日  時:8月9日(木) 午後1時半~午後4時半 ■場  所:すみだ女性センターホール ■来賓あいさつ:河村建夫(超党派空襲議連会長) ■講  演:「戦後73年 空襲被害者たちの叫び」          早乙女勝元さん ■新たな出発へ「私たちは戦い続ける」   「元号が変わる前に『戦後』にけじめを!」、「もう待てない。ただちに空襲被害者救済を!」。実現を目指して超党派空襲議連の活動を支援してきました。  あともう一歩というところです。官邸側の厚い壁を突破するには多くに方のご協力が必要な状況です。  そこで、左記のように第6回全国空襲連総会をひらきますので、ぜひともご参集くださいますようお願いいたします。   <連絡先>事務局 TEL・FAX 03(5631)3922             

続きを読む

「沈丁香の花咲けば」 思い出す 永井和子

 7月8日は詩人・永井和子(1934~2015)の命日。慶応大学卒業後、外つ国に虐げられ、祖国日本には見放されてきた沖縄に心を寄せて60年。はたまた東京大空襲の惨禍を告発し、詩につづってきた詩人。主著に「ロ号33番」「沖縄」「憲法を詩(うた)う」「歌ってよわたしの詩たち」「石碑の誓」など多数。

続きを読む