「平和の俳句」 7月1日まで募集

   「八月に一日限定(掲載日未定)で復活する「平和の俳句」の作品を募集しています。選者は、いとうせいこうさん、黒田杏子(ももこ)さん、夏井いつきさんの3人です。投稿は、はがきの裏面に一句を書いてください。 同じ面に住所・氏名(振り仮名)・電話番号・年齢・職業を明記してください」東京新聞が待ちに待った「平和の俳句」の募集広告です。  そこで考えたのが以下のような一句。特攻死した兄の突入寸前の様子を推し量ったものですが、どうでしょう。選者にテレビで厳しい論評をする夏井いつきさんもいることから、選外は必至、参加することに意味があるかもしれない。          ”お母さん”呼んで特攻雲の果て  今日も行く機上で敬礼開聞岳  さようなら翼ふるわせ開聞岳

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「平和の俳句」 8月の1日限定 復活

   戦後70年の2015年から3年間、本紙一面で掲載した「平和の俳句」(本ブログで全て転載)が、今年も8月に1日限定で復活します。読者の皆さんから自作の俳句を募り、入選作を特集面に掲載します。(東京新聞ー5月26日付・一面) 【追記】前回、投稿したが不採用になった。今回は不惜身命の気で思いめぐらしか果敢に挑戦するつもりだ。

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平和詠んだ「国民詩人」 金子兜太さん

 現代俳句の第一人者で、2月に98歳出亡くなった金子兜太さんのお別れ会が22日、東京都内で開かれ、約800人が参列した。(東京新聞ー6月23日付)  発起人代表の宮坂静生・現代俳句協会特別顧問((80)は、金子さんが選者を勤めた本紙「平和の俳句」などを挙げて、「兜太の人気は俳人の枠を超え、国民詩人とでも呼びたいほどになった」とたたえた。  俳人の黒田杏子さん(79)は「女性を下に見ることはなく、いばらない、平等な方。素敵な方でした」。その死を知人の作家瀬戸内寂聴さん(96)に伝えると「あんな立派な人(金子さん)に信頼されたことはあんたの宝。それだけを宝に生きていけばいい」と言われたという逸話も明かした。  長男真土さん(70)は、金子さんを考える鍵として、戦争体験を挙げた。戦時中の南洋で、普段は人殺しさえする部下らが、仲間の死に際して助け合う姿を「大変美しいと感じた」と話していた金子さん。「父は人間は二面性があり、性悪なものだとも思っていた節がある。じゃあどうするか。父が頼ったのが知性。このごろの反知性主義の横行を危惧し、日記にもたびたび書いていた」と語った。  一般参列者も惜しんだ。「平和の俳句」で入選した野崎憲子さん(64)は、香川県から駆け付け、「金子先生を親のように感じていました」としのんだ。(小佐野慧太、出田阿生)

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「平和の俳句」 8月に特集 投稿募集

 戦後70年の2015年1月1日から3年間、東京新聞が一面で掲載した「平和の俳句」が8月中旬、一日限定で復活します。選考は、故金子兜太さんとともにスタートから選者を務めた作家のいとうせいこうさん(57)と、金子さんの後を継いで17年9月から選にあたった俳人の黒田杏子さん(79)、テレビ番組でおなじみの俳人・夏井いつきさん(61)の3人です。皆さんからの投稿を募り、特集面に掲載します。

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平和の俳句を 今こそ新たに

 「平和の俳句」を続けて!、新たな装いでいいから復活して!」という東京新聞の読者からの便りが発言欄に連続して見受けられる。今回の橋浦ひろみさん(66)で3度目。とりわけ金子兜太さんの死を悼み、その想いは増幅しているようだ。  金子兜太さんが先月20日亡くなりました。彼の平和への願いを形にした「平和の俳句」が完全になくなってしまったら、とても寂しいし、悲しいことです。  平和は、いつもいつもだれもが思い、感じ暮らしていることです。兜汰さんが亡くなった今こそ、その灯を絶やさず、受け継ぎ育てていくことが、とても大切なことだと思われます。  平和は与えられるものではありません。常に大勢の人々よって、つくられていかなければ達成できないものです。どんな小さな生活の一コマも、平和あってのものなのだと思います。  兜太さんが亡くなったのを機に、ぜひとも新しい形で「平和の俳句」を作っていきたいです。(東京新聞・3月7日付「発言欄」)

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「俳句界に ぽっかり穴」 金子兜太さんに最後の別れ

 現代俳句の第一人者で先月20日に98歳で死去した金子兜太さんの葬儀・告別式が2日、埼玉県熊谷市内の斎場で営まれた。親交のあった市民や、創刊した句誌「海程」などの関係者ら約150人が別れを惜しんだ。(東京新聞・3月3日付)  花々で飾られた祭壇の中央には、金子さんが遠くを見つめる遺影が置かれた。  金子さんが名誉会長を務めた現代俳句協会の宮坂静生会長が弔辞を読み上げ、「餓死や戦死した同胞のためにも、戦争のない自由と平和の堅持こそ俺の生きる道だと信じ、うそ偽りを許さない精神で生きてきた」と悼んだ。  さらに「ぽっかりと穴のあいた俳句碑に化けてでも出てきてほしい」と呼びかけ、自身の句「化けて出る楽しみ残しおぼろの夜」と詠んだ。  あいさつに立った喪主で長男の真土(まつち)さんは「俳人として生涯現役を貫いたのは父の力であろう。折に触れ父を思い出し、人間の温かさを感じていただければ」と語り、会場の涙を誘った。

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「平和の俳句」なくなり 火が消えたよう

 3年続いた「平和の俳句」が終わりを告げて2カ月。東京新聞の「発言欄」には再三にわたって継続を求める声がよせられている。そして選者であった金子兜太さんへの思いがますます募っている。以下は東京、品川の枝松恭子さん(80)の投稿。(東京新聞・「発言」欄ー3月2日付)    金子先生思い 平和の幸祈る  「平和の俳句」の選者、98歳の金子兜太先生の訃報には本当にびぅくりしました。最期まで平和への訴えを続けられたことに感謝しています。  かつて、イベントで先生の姿を舞台で拝見でき、とても感動したのに、ざんえんです。毎日の「平和の俳句」もなくなり、火が消えたように寂しいかぎりでう。  以前、ひなまつりを前に投稿した「満洲のペチカで焼かれた雛哀し」が採用されとてもうれしかったです。引き揚げ前の悲しい思い出だったので・・・・  大事な子や孫のため、戦争は絶対、反対です。どうか平和な日本が続きますように、と祈ります。偉大な先生に贈ります。「戦争のない平和な空にて幸祈る」  金子先生、本当にありがとうございました。そして、お疲れさまでした。「ごゆっくりとお休みください。もうすぐひなまつり。合掌。

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故金子兜太さん呼び掛け 俳句弾圧不忘の碑 建立

 戦時中に反戦の句を詠んで投獄された俳人を忘れまいと、長野県上田市内に石碑が建立され25日、除幕式が開かれた。建立を呼びかけたのは今月20日に98歳で亡くなった俳人の金子兜さん。(東京新聞・2月26日付)  「俳句弾圧不忘の碑」との碑銘も金子さんが揮毫(きごう)しており、全国から駆け付けた約150人が弾圧された俳人や金子さんに黙とうをささげた。  金子さんの弟子でフランス生まれの俳人マブソン青眼(せいがん)さん(49)が2015年、雑誌の企画で金子さんと対談した際、「弾圧された俳人の名誉回復のため碑を建てたい」と訴えたのがきっかけ。自身の師匠も投獄された金子さんが賛同した。  全国の俳人ら約600人から300万円以上の寄付が集まった。建立場所は、戦没画学生の作品を展示する同市の「無言館」近くの施設敷地内とすることに。金子さんと親交があった無言館館主窪島誠一郎さん(76)がこの施設も所有しており、「志は同じ」と快諾した。  昨年5月に揮毫した金子さんは「除幕式には絶対出る」と言い続けたが、かなわなかった。式典でマブソンさんは「金子先生は表現の自由と命の尊さを訴え続けた。あの世から見守ってください」と話した。

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「平和の俳句」 私も復活望む 

 「『平和の俳句」』続けてほしい」という19日(注)の投稿を、同じ気持ちの人がいるのだなあと思って読んだ。(東京新聞2月26日付「発言」欄 角田尚子さん=東京都豊島区)  私は昨年末で平和の俳句が終わると知り、感謝の句を投稿した。家では、2017年中の平和の俳句がまとめて掲載されたページを縦長のカレンダーにして壁にかけてもいる。また、、毎日、フエイスブックに昨年同日の俳句を投稿することで再度味わっている。秀作もあれば、これが平和の俳句?と首を傾げるものもある。しかし、その「?」もまた楽しい。  市井の人による平和への思いが、一面に載り続けた重みを噛みしめている。地域に平和の俳句会ができ、「あれは第一期だったんだよね」と言える日が来ることを願うとともに、20日死去した選者・金子兜太氏のご冥福をお祈りします。 【注】東京新聞・2月19日の「発言欄」に掲載された東京・豊島区の伊藤智子さんの投稿。題して「続けてほしい 平和の俳句」。  http://38300902.at.webry.info/201802/article_56.html

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続けてほしい 平和の俳句

 東京新聞の2月19日「発言欄」に載せられた東京・豊島区(伊藤智子さん)からの投稿文。そこに「『平和の俳句』続けてほしい」という見出を見つけて思わず「オー」。読むうちに共感、笑みも浮かぶ。戦後73年、いよいよ9条を守りぬくためには、ぜひ!     「平和の俳句」 続けてほしい               主婦 伊藤 智子(36) (東京都豊島区)  「お母さん笑わなくなったよね」。朝食の際、不意に息子に言われた。昨年末まで毎朝、真っ先に目を通していた一面の「平和の俳句」。読み終わると、その日一日が平和に過ごせることを祈り、食事を頂くことが私の幸せな日課になっていたのだと気づいた。  幼い子の俳句に笑顔になり、戦時を生き抜いた方の俳句に心を痛め、改めて平和であることの大切さを思った。私の息子は、まだ戦争という残酷な歴史を知らない。二度と過去の過ちを繰り返さないためにも息子には、そのことをきちんと教えていきたい。  戦争の歴史を知ったとき、息子も平和の俳句を詠んでほしい。俳句には人の心が込められている。できれば半年に1回でも、特集紙面を作ってもらえれば・・・。 【追記】「新聞を読んで」 ジャーナリスト 森 健さん 「東京新聞ならではの指摘」から」 (2月25日付)  お別れもあった。「平和の俳句」が昨年末で終了して一月余。19日の発言面では、毎朝真っ先に目を通していたという36歳の主婦が「半年に1回でも」と復活を要望した。選者の金子兜太さんが亡くなったのは、その翌日だった。2…

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金子兜太さん死去 「平和の俳句」選者

 現代俳句の第一人者で、東京新聞「平和の俳句」で選者を務めた金子兜太さんが死去した。98歳だった。(東京新聞2月21日付) 【注】「アベ政治を許さない」の書は金子さんによるものです。

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戦後72年 「平和の俳句」 最終回

 戦後72年、2015年の元旦にスタートした東京新聞の「平和の俳句」、惜しまれて今日が最終日です。この間の投稿総数は1064句と聞きます。そのすべてをブログに転載(週1回日曜日)させていただきました。ありがとうございました。          

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「平和の俳句」 ありがとう ー若者の声ー

 東京新聞は週一回、「発言欄」に<若者の声>を特集している。これは12月27日に投稿されたもの。投稿者は東京都練馬区の学生・佐藤光祈さん(21)。最後は「『平和の俳句』ありがとう」と結んでいる。  私は東京新聞の「平和の俳句」で、主に二つのことを考えました。  一つめは句の創作。老若男女さまざまな方が投稿しているのを拝見し、自分も一句認(したた)めようと思い立ちました。どのような表現を用いるべきかと構想を考えることで、頭に良い刺激を与えられたと思います。  二つめは筆者の思い。戦争体験者の句は強く印象に残っています。戦争で感じた恐怖、無念、悲しみなどを元に創られた句には重みがあり、筆者はどんな思いを抱いているのかと想像を巡らせていました。  「平和の俳句」は今年で終了しますが、毎日欠かさず各家庭、各地域から平和のメッセージを発信してきたのは、類まれな表現だったと思います。私も学ぶことができました。「平和の俳句」ありがとう。

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瀬戸内寂聴さんと「平和の俳句」

 作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(95)が、本紙朝刊一面で掲載の「平和の俳句」に自作を寄せた。選者を務める俳人黒田杏子さん(79)との親交が縁。京都の寂庵で、句に込める思いを聞いた。(東京新聞12・24=川原田喜子)     戦時中と似た感覚 自作に込め   <冬すみれ排除の文字は読めませぬ>   題材は、今年十月の総選挙を巡る小池百合子・東京都知事の発言。当時、希望の党の代表として、公認希望者の一部を「排除いたします」と断言したことを踏まえ、今の政治と社会のあり方を問いかける。  草花や樹木を好み、季語の「冬すみれ」を「いなかに暮らすおばあちゃんみたいな花」という寂聴さん。その姿に、普通の国民を重ねた。「排除なんて言葉を使う政治は国民には読めません。伝わりません」  小池発言に限らず、立場や考えの違う人を敵視し、排除したがる風潮を懸念する。「アメリカが第一、日本が第一。私が子どものころも、そういう考え方がはやってたの。今は昭和17、18年ごろの、軍靴が暮らしのそこまえ迫った時と似た感覚です」  俳句を始めたのは半世紀も前。小説に打ち込むためしばらく離れていたが、三年前に入院した折「病床での楽しみに」と再開。今年五月には、初の句集「ひとり」(深夜叢書社)を出した。九十歳を過ぎてなお「前衛的な俳句を詠めるようになりたい」と取り組む。  黒田さんは東京女子大の同窓生。寂庵で一緒に句会を開いていた。九月から選に当たる「平和の俳句」の話を聞き、投句を勧められた。「戦争を知って…

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戦後72年 「平和の俳句」 ー51-

 一昨年から続いた「平和の俳句」。あと1週間で終了となる。言ってみれば、オールラス前の「平和の思い」だ。句数にすればゆうに1000句を超すシリーズだった。時に「もういいや」と投げ出したくなる日もあったが、とにもかくにも自分を褒めてやりたい。

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戦後72年 「平和の俳句」 記者の一句 ③

 戦後70年を機に一面で掲載を始めた「平和の俳句」は今月末で終了となります。一面の選考から惜しくも漏れた作品の中から事務局の選んだ句を紹介します。今回は小佐野慧太文化部記者。(東京新聞12月16日付)  ダモイおおタシケントから還(かえ)ったぞ                   増田靖夫(76) さいたま市見沼区  「ダモイ」は「家へ」という意味のロシア語。ソ連に抑留された日本人が帰国への願いを込めて使った。作者が子どもの頃、近所に住んでいた男性が帰国した。「タシケント」に抑留されていたと聞いたが、中央アジア・ウズベキスタンの首都だと知ったのは何年もたってから、想像以上の日本からの遠さに驚いたという・  何ごともなく日が暮れて青い月               小野正和(86) 東京都練馬区  核なくせ山河を渡る鶴の声               菅原 誠(46) 山形県鶴岡市

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戦後72年 「平和の俳句」 記者の一句 ②

 戦後70年を機に一面で掲載を始めた「平和の俳句」は今月末で終了となります。一面の選考から惜しくも漏れた作品の中から事務局の選んだ句を紹介します。今回は文化部・矢島智子記者。(12月16日付)  黙死(もくし)した父の苦しみ忘れまじ                  坂本君江(70) 東京都世田谷区  20年近く前に89歳で亡くなった坂本さんの父親は、若い頃に日中戦争へ出征。当時のことはあまり語らなかったが、亡くなるしばらく前に見舞いのために帰省すると、病室の隅を見つめ「俺の殺した人たちがいっぱいいいる。ほら、そこに・・・」と漏らしたという。坂本さんは、そのときの例えようのない乳の瞳(め)が忘れられない。  目を閉じて感じる風に鳥の声                  小泉朋子(70) 千葉県館山市  ありがとうみんなの思いが今ある自分                  金森香純(14) 東京都江戸川区     

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戦後72年 「平和の俳句」 記者の一句 ①

 戦後七十年を機に一面で掲載を始めた「平和の俳句」は今月末で終了となります。一面の選考から惜しくも漏れた作品の中から事務局の選んだ句を紹介します。今回は増田恵美子文化部長。(東京新聞12月16日付)  被爆語り部海越えて受く平和賞                 田辺浩子(88) 東京都調布市  田辺さんの夫俊三郎さんは広島の学校に進学し、動員先の工場で被爆した。俊三郎さんがその事実を語ったのは、息子が小学校に入ってから。以来、被爆体験を絵で伝えるために日本画を習い、ピースボートに招かれて世界を回った。核兵器の廃絶を目指す国際NGOに贈られた今年のノーベル平和賞に、田辺さんは三年前に逝った夫を思った。  疎開する青函の船海荒れて               桐畑由紀子(78) 東京都練馬区  こぼれ萩出征兵士の墓に在り               吉沢 功(76) 埼玉県熊谷市  

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戦後72年 「平和の俳句」 -49-

 12月最初の週の「平和の俳句」だが、一昨年から始まった東京新聞の「平和の俳句」の最終月。選者もいとうせいこう、黒田杏子、鴻巣友季子さん。3人そろっての優秀の美を飾る「評」に期待すること大である。

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戦後72年 「平和の俳句」 -48-

 「平和の俳句」も11月最終週から12月の第一週に入る。ご承知のように、3年間続いた「平和の俳句」も今月で終焉を迎える。それだけに、特別の編集でその最後を飾りたいものだ。

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戦後72年 「平和の俳句」 -47-

 11月最終週の「平和の俳句」。このほど12月分の選考会が開かれました。これには12月のゲスト選者である鴻巣友季子さん(54)も参加しました。(東京新聞11月15日付)      思い 詠み続ける    14日に開かれた「平和の俳句」の最後の選考会には、終了を惜しむ声や平和への思いを俳句に添えて書き込んだはがきが、多数寄せられた。三人の選者が4479通の中から時間をあけて掲載句を選んだ  いとうせいこうさん(56)は、連載終了後も「平和の俳句」を詠み続けたいという読者の声に「励まされちゃった」としみじみ語った。「どんどん読んでほしい。「平和の俳句」のだ第二期みたいなものが始まるんじゃないかな」と期待した。  黒田杏子さん(79)は俳人の金子兜太さん(98)の後任として三回目の選句。「これまで兜太さんが辞めてさみしいという区が多かったけど、今回は前向きな声がたくさん」とほほえんだ。  鴻巣友季子さん(54)は、レギュラー選者の二人が選考を終えた後も丁寧にはがきに目を通していた。「びっしりと平和への願いが書き込まれていて、ついつい読み込んでしまいました」と振り返った。  「平和の俳句」は2015年の元旦に始まり、これまでに計13万1288通の投句があった。 ◆この星のどの子もたんと食べて秋 田中亜紀子(46) 津市 2017・11・19 う 【評】<いとうせいこう>大きな願いだ。「たんと食べる」ことのできない世界中の難民や貧困家庭の子供のことを悲しみ 、祈る。その心が広…

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戦後72年 「平和の俳句」 -46-

 11月第3週の「平和の俳句」。恒例により一面に載せる選考から惜しくも漏れた作品の中から、事務局の記者が選んだ2句を紹介する。今回は文化部・小佐野彗太記者によるものである。(東京新聞10月29日付)   こんなにもわが家にありしか花木槿                     津田正義(78) 茨城県鹿嶋市   夏になり、いっせいに木槿の花が咲きだした。朝鮮半島ではムグファン(無窮花)と呼ばれ、韓国の国花として親しまれている。日本人にとっても、家の庭に咲いているような身近な花だ。日本と朝鮮半島の近さへの驚きが「こんなにも」の言葉にこもる。作者は「核兵器などが笑い話になるような時代が早くこないかな」と願う。    七夕に「世界平和」と床の母           関戸 扶美子(54) 東京都世田谷区 ◆秋気澄み陸上部女子タタタタタ 加藤重明(59) 浜松市西区 2017・11・12 【評】<いとうせいこう>スニーカーで走っていく女子たち。薄く白く煙る呼気。この「タタタタタ」が軽快で平和でいい。耳に日郁生命力の音。兜太好み。 ◆へいわって妹とたべるわたがし 藤元ひめり(9) 三重県四日市 2017・11・14 【評】<黒田杏子> おまつり大好きのひめりさん。学校で国語の時間に作ったそうです。 <いとうせいこう> うれしさ、しあわせ、思い出、心地よさ。すべてが平和に綿菓子に。 ◆老母往く平和の俳句香華(こうげ)とし 稲垣節子(60) 津市…

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ゲスト選者に 鴻巣友季子さん

 毎朝一面に掲載している「平和の俳句」の12月のゲスト選者に翻訳家の鴻巣友季子(こうのすゆきこ)さん(54)が決まりました。(東京新聞ー10月6日付)      12月の「平和の俳句」  レギュラー選者の黒田杏子さん(79)、いとうせいこうさん(56)とともに、11月中旬に開かれる選考会で、12月に掲載する俳句の選考に当たります。11月初めまでに届く作品が対象になります。  鴻巣さんは東京都出身。1987年から翻訳を始め、エミリー・ブロンテ「嵐が丘」、クリツェー「恥辱」などの文学作品を訳してきました。文芸評論家、エッセイストとしても「翻訳教室 はじめの一歩」「孕(はら)むことば」などの著書があります。  ■言語の扉ひらく  翻訳をしていると、自分でもよく知らない、使ったことがないような言葉が下りてきます、原文が触媒となって、うだんは手の届かない言語の扉がひらくのでしょう。作句もどこか翻訳い通じるものがあるのではないでしょうか。心の髄にふれろ光景、音、沈黙、気配・・・見慣れたこの世界を「新訳」するような句をお待ちしています。  

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戦後72年 「平和の俳句」 -45-

 1月第2週の「平和の俳句」。恒例により今回も一面に載せる選考から惜しくも漏れた作品の中から、事務局の記者が選んだ2句を紹介します。担当は文化部の矢島智子記者。(10月29日付)  「肉がさけるけん太れんとさ」被爆者いう                   下村 眸(74) 東京都大田区   長崎への原爆投下で背中一面に大やけどを負い、その後の人生をかけて核兵器の廃絶運動を続けた谷口稜瞱(すみてる)さんが今年八月、亡くなった。下村さんは20年ほど前、長崎での原水爆禁止世界大会で谷口さんの講演を聴き、後に新聞で読んだ谷口さんの言葉が胸に突き刺さった。それを伝えたい思いが句となって新たな命得た。  ・モノクロの影落とす八月の雲           池田秀夫(76) 東京都江戸川区 ◆同盟は平和の枷(かせ)ぞ鳥渡る 坪井利剛(71) 埼玉県富士見市 2017・11.5 【評】<いとうせいこう>日米同盟にのみしがみついていると、他の国際関係の可能性を失い、十区を危険にさらすと作者。自由に飛ぶ鳥に学べというのだろう。 ◆とんぼ来た平和な国を探し当て 橋爪朋子(63) 三重県桑名市 2017・11・6 【評】<黒田杏子>目の前にやってきてくれたとんぼ。どこから飛んできたのだろう。平和な国を探し当て。ここを読むととてもホッとします。 ◆最強の一手は「対話」秋の声 荒井孚(81) 千葉県松戸市 2017・11・7 【評】<いと…

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戦後72年 「平和の俳句」 -44-

 一昨年から始まった「平和の俳句」も年内限りとなりました。11月の最初の週。いつものように選考から惜しくも漏れた作品の中から事務局の記者が選んだ1句を紹介します。選者は増田恵美子文化部長。(東京新聞10月29日付)    母語るへの字の悲劇八高線         島田秀男(66) 東京都東久留米市   終戦直後の1945年8月24日、現在の東京都昭島市で、復員軍人や買い出しの人々で満員の八高線の列車が正面衝突した。死者は少なくとも105人。現場近くに住んでいた母トミ子さん(94)は「への字」形に変わり果てた列車の惨状を見た。「せっかく戦争は終わったのに。かわいそうだった」。そう繰り返し語る言葉を、息子は受け継ぐ。    落とされてその名も知らず原爆忌      伊豆田敏枝(105) 広島県福山市 ◆激戦地銀漢見上ぐ人ありや 横井真人(74) 愛知県津島市 2017・10・29 【評】<いとうせいこう>どんな激戦地でも、いやそれだからこそ天の川を見上げる者はあるであろう。戦いの虚しさ、故郷の子供たち、そして平和を思って。 ◆平和です郵便受けに朝刊が 笠井節男 愛知県岡崎市 2017・10・30 【評】<黒田杏子>ありがたいですよね。この暮らし、ずーっと続いてほしいです。あたり前と思いこんでいる毎日がほんとうに大切なんですね。 ◆太陽は昇るのになぜ争うか 村井 菫(16) 愛知県長久手市 2017・10・31 【評】<黒田杏子>…

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「平和の俳句」 年内で終了

 「一面に毎日一句掲載している『平和の俳句』を12月31日で終了いたします」。東京新聞からのお知らせです。私、最初から全句をブログに掲載させて頂いただけに残念、同時に、ここ3年近く、毎日欠かせない作業だっただけに安堵した気持ちも否めませんが・・・。     年内で終了します     最終締め切り 来月7日  「平和の俳句」は、俳人の金子兜太さん(98)と作家のいとうせいこうさん(56)を選者に、戦後70年の2015年1月1日に始まりました。当初は1年だけの予定でしたが、皆さまからの13万通近い投稿と平和を願う声に支えられ、3年続けてこられました。深く感謝いたします。最終となり12月分の句は、11月中旬の選考会で決まります。投稿の締め切りは、はがき・ネットともに11月7日(火)必着です。 【注】一度だけ投稿、選に漏れましたが、今年の8月16日の社会面で取り上げられ「ホッ」。それがこれ。  さよならを 言えず特攻 歌うブルース

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戦後72年 「平和の俳句」 -43-

 10月最後の「平和の俳句」。11月掲載分の選考会が去る10日、東京都千代田区の東京新聞(中日新聞東京本社でおこなわれました。これは黒田杏子さん2回目の選句になります。             印象残る秋の味覚  俳人の黒田杏子さん(79)と作家のいとうせいこうさん(56)が、2172通から掲載句を選んだ。  前回に続き二回目の選句となる黒田さんは「新米やさんま7といった秋の味覚を詠んだ句が目立った。戦争や憲法を詠んだ句とはまた別に、人間の生活の基本が守られることが大切なんだという俳句が多かったことが印象に残りました」と話した。 ◆ゆるぎない平和か否か熟慮す 寺下義信(85) 福井県鯖江市 207・10・22 【評】<黒田杏子>85歳の寺下さん。熟慮す。この言葉の深さを噛みしめます。熟慮するとなさらず、このように書き止められてインパクトあります。 ◆いくさせぬ鳥獣の山栗はぜる 亀井克己(69) 埼玉県入間市 2017・10・23 【評】<いとうせいこう>どんな動物も戦争はしない。同種類同士で武器を持って殺し合わない。する必要がないからだ。そんな山で栗ははぜ、きのこは生える。 ◆ゆっくりと平和を語る齢(よわい)かな 高阪はる子’85) 愛知県瀬戸市 2017・10・24 【評】<いとうせいこう>せかせかと気負って語るのでなく。作者85歳はゆっくりと、静かに相手の胸の中に言葉を注ぎ込む。これはありがたい助言…

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戦後72年 「平和の俳句」 -42-

 10月4週目の「平和の俳句」。10月20日付けの掲載句は、先に選者を引退された金子兜太さんのことを詠んだ一句。浜松の大橋さんの作品。紙上に載せられたそのままを再現しよう。 ◆平和の句数多(あまた)詠まれし底力 岡 隆二(72) 横浜市緑区 207・10・15 【評】<いとうせいこう>選者としてお毎回のよに思うことがそのまま一句に。こうしてたくさん詠まれ続けることそのものがそ民の平和運動なのです。 ◆猫に聞く君の平和はどんなもの 井坂叡弥(11) 横浜市緑区 2017・10・16 【評】<黒田杏子>愉しいですね。うれしいですね。こんあ句に出会えて幸せです。あなたのつぶやきそっくり投句してくださったお母様にも感謝。 ◆戦渦生き父母に代わりて物申す 本東信子(72) 金沢市 2017・10・17 【評】<黒田杏子>「戦争の渦」を生き、この世にはもう居られない。ご両親。お二人の分も存分に発言してください。 <いとうせいこう>ご両親は戦争を体験し、次の「戦前」を知らずに亡くなった。その代わりを。 ◆何が悪いって戦争が一番 田中京子(82) 三重県亀山市 2017・10・18 【評】<いとうせいこう>あれこれ悪いことはあるけれど、殺人、貧困、憎悪の元凶はまさに戦争。人類はこの戦争を乗り越えるための叡智を試されている。 ◆戦争が死語になる日はあるだろかきっと来る 新…

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「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」 掲載拒否 違法

 「梅雨「空に『九条守れ』の女子デモ」と呼んだ俳句を、さいたま市の三橋公民館が月報への掲載を拒否したのは自由の侵害だなどとして、作者の女性(77)が市を相手に俳句の掲載と慰謝料二百万円を求めた訴訟の判決。(東京新聞10月14日付)    9条俳句掲載拒否は違法    表現の自由侵害は認めず  埼玉地裁は13日、「思想や心情を理由にした不公正な取り扱いで、女性の利益を侵害した」などとして、しに五万円の賠償を命じた。月報への掲載請求は棄却した。  大野和明裁判長は判決理由で、公民館職員らが掲載を巡り十分に検討しないまま、女性が集団的自衛権の公詩容認に反対する思想、心情があると認識して拒否したと指摘した。  公民館の月報に、女性の所属する俳句会が選出した句が三円八カ月にわたり掲載されてきたことから「女性の俳句も掲載されるという期待は法的保護に値する人格的利益であり、不公正名取り扱いで掲載しなかったことは違法だ」と述べた。  原告側あ主張した表現の自由の侵害については「月報での表現を制限されたにすぎず、同人誌やインターネットなどによる表現が制限されたわけではない」として退けた。    「平和の俳句」が始まるきっかけ  「九条俳句」の掲載拒否問題については2014年八月、本紙紙面で行われた俳人の金子兜太さん(98)と作家のいとうせいこうさん(56)の対談で取り上げられ、本紙の「平和の俳句」が十五年から始まるきっかけとなった。

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