「平和のための名言」 2019年6月

 「平和のための名言集」(大和書房・早乙女勝元編9から月の初めに当たり、今年は毎月3人。しんぶん「赤旗」のカレンダーに添えて、女性の名言を転載します。今月の花はあじさいです。 ■6月6日 千野敏子(1924~1946)=真実は悲しきかな。それは本質的にはすべてに愛され、うけいれられるべきものでありながら、しかも終始すべてに反逆視される宿命をもっている。 ■6月12日 沢地久枝(1930~    )=アメリカでは第二次世界大戦後も常にどこかの国と戦争をしていた。しかし日本は第二次世界大戦後は一人の公的な戦死者も出さないで来た。ということは、日本人によって殺された他国の人もいないということです。それがなぜ可能だったのかというと、シロアリに食われたような形になりながらも、憲法、特に九条が生きていて歯止めになったからだと思います。 ■6月15日 樺美智子(1960年6月15日死)=でも私は/いつまでも笑わないだろう/いつまでも笑えないであろう/それでいいのだ/ただ許されるものなら/最後に/人知れずほほえ。みたいものだ

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「平和の名言」 編者の言葉 早乙女勝元

「たとえ一言といえども、その数行に本人の全人格の重みというか、平和を希求する生き方のすべてが凝縮している例が少なくない・・・・・・」と、「平和のための名言集」(大和書房刊)の「編者の言葉」で早乙女勝元さんが言う。366件のすべてを本ブログに転載させていただいた。いずれも珠玉の言葉の数々である。      編者の言葉         早乙女勝元     本書の企画は、5年前にさかのぼる。  平和の糧となるような名言・名句を、一日一言として1年366ページに収め、その言葉を発した人となりの解説ををつけて一冊に・・・・・・という提案に、私はすぐさま賛成した。  たとえ一言といえども、その数行に本人の人格の重みというか、平和を希求する生き方のすべてが凝縮している例が少なくない。時には生命の危険を伴ったような一言もあるだろう。  それは、混沌とした閉塞状態の今を生きる私たちに、時代と空間をこえた共感と、人間らしく生きる勇気を与えてくれるにちがいない、と思えたからである。     平和の尊さ語り伝えて    当時の私は(現在もそうだが)は、民立民営の東京大空襲・戦災資料センター(江東区北砂)の館長役を仰せつかり、年ごとに増える修学旅行生徒たちに、大空襲による民間人の惨禍と、いのちと平和の尊さを語り伝えていた。おそらくただ一回きりの出会いだった。  「死んだ人たちの分まで、私たちは生きなければ、いけないのです。過去は変えることができません。でも、未来を変えることはできます…

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平和のための名言/最終回 ハイネ

ハインリッヒ・ハイネ(1797~1856年)。ユダヤ系の両親のもとに生まれ、少年時代にフランス革命の思想にふれて人類解放を生活のテーマにした。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  それは単なる前奏にしかすぎなかった。本が焼かれるところでは、最後に人間が焼かれるのだ。      ハインリッヒ・ハイネ「焚書記念碑文」   (ミカ・ウルマン図書館焚書記念碑)  1933年5月10日、ナチ学生が何百もの自由な著作家、ジャーナリスト、哲学者などの作品を焼却した。図書館広場に建立された焚書記念碑のこのハイネの碑文は帝国主義と戦争に反対する永遠の警告。 【今日の出来事】1933年ナチスによる「焚書」 1967年ベトナム戦犯国際法廷で米国に有罪判決 1987年帝銀事件平沢貞道死刑囚獄死(享年95)

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平和のための名言 ネルソン・マンデラ

ネルソン・マンデラ(1918~2013年)。南アフリカ黒人解放運動指導者。アフリカ民族会議(ANC)を通じてアパルトヘイト(人種隔離)政策に対して不服従運動を指導。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  私については、すでに道を選択した。私は南アフリカを離れることはないし、屈服もしない。苦難、犠牲、戦闘的行動を通じてのみ、自由を獲得することができる。闘いはわが人生である。私は生涯を終わる日まで自由のために戦い続けるだろう。      ネルソン・マンデラ『戦いはわが人生』(三一書房)  1961年、『闘いはわが人生』の声明を出して地下活動に入る。62年に逮捕、27年間投獄され90年に71歳で釈放された。翌年、人種差別法が撤廃され、94年全人種が参加した総選挙に勝利し、新生南アフリカ共和国の初代大統領になる。93年にはノーベル平和賞を受賞している。 【今日の出来事】1954年原水爆禁止の「杉並アピール」発表 1994年南アフリカ共和国ネルソン・マンデラ、大統領に選出

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平和のための名言 中沢新一

中沢新一(1950~)。宗教学者、思想家。1980年東京大学大学院博士課程中退。早くからラマ僧を中心ろするチベット仏教に関心を寄せ、現代フランス哲学などと融合させて考察した『チベットのモーツアルト』でや『雪月曲線論』などで高い評価を受ける。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  世界遺産というと、イリオモテヤマネコみたいな感じがしますね。野生動物の最後の珍品として守っていかなければいけないという感じ、たしかに僕も、平和憲法は世界の憲法中の珍品だと思います。ところがいま、この世界の珍品を普通のものに変えようとして、改憲論が吹き荒れているわけです。   中沢新一(大田光・中沢新一           『憲法九条を世界遺産に』集英社新書)  以後、現代社会のさまざまなテーマに対して独自の視点に立った研究成果を発表し続ける。上の文言はお笑いコンビ「爆笑問題」の大田光の「憲法九条を世界遺産に」との提案に対する発言。 【今日の出来事】1951年「児童憲章」制定宣言 1955年パリ協定で西ドイツが主権回復 1967年丸木美術館開館

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平和のための名言 ソクラテス

ソクラテス(前470頃~前399年)。古代ギリシアの哲学者。衆愚化したアテネ社会の人びとに、人間として「善く生きる」こと、普遍的真理の探究を求めた。その街頭演説が「青年を害し」、「神を冒涜した」と告発され死刑の先刻を受けた。(大和書房・「平和のための名言」-早乙女勝元編)  好き友よ、アテナイ人でありながら、最も偉大にしてかつその智慧と偉力との故にその名最も高き市民でありながら、出来得る限り多量の蓄財や、また名聞や栄誉のことのみを念じて、かえって、智見や真理やまた自分の霊魂を出来得るかぎり善くすることなどについては、少しも気にもかけず、心を用いもせぬことを、君は恥辱とは思わないのか。      ソクラテス(プラトン『ソクラテスの弁明・クリト岩波文庫)  親友クリトンの脱獄の勧めに「不正に不正をもって報いてはならない」と拒絶、逍遥として毒杯を仰ぎ刑に服した。ソクラテス思想はプラトンによって継承されて西洋哲学の源流になった。 【今日の出来事4・27】前399年ソクラテス毒杯をあおり刑に服す。1992年ユーゴスラヴイア解体(5共和国に分離)

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平和のための名言 ボローニヤ追悼碑

第二次世界大戦のさなか、イタリヤ人民は武器をとってナチス・ファシズムとたたかった。ボローニヤで犠牲となったpルチザンたちの群像が、顔写真とともに市庁舎の壁面を埋め尽くしている。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  ナチスの暴力によって虐殺された大勢の子どもたち、女たち、男たちに対し、そのすべての人びとに、ボローニヤ市は深い哀悼と謝意を捧げる。彼らの死は、市民たちの独立と人類の平和と、社会正義にかなった社会の到来のために、かけがえのない証言となり警告となろう。自由のため、崇高に闘ったかれらを忘れない。    ボローニヤ市庁舎追悼碑     (早乙女勝元『イタリア・パルチザン』草の根出版会) 「ボローニヤ・1943年9月8日~45年4月25日、パルチザンに参加した者は1万4425人」と刻まれている。 【今日の出来事4・16】1877年クラーク博士「少年よ大志を抱け」の言葉を残す。

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平和のための名言 E・トンプソン

全欧の非核化運動の先進的役割を果たしてきたイギリスの「核軍備撤廃キャンペーン(CDN)。80年に運動の再高揚の場面を実現したのが、歴史家トンプソンの書いたパンフレット『抗議して生き残れ』である。  抗議して生き残れ   エドワード・P・オンプソン   『核攻撃に生き残れるか』(連合出版)  当時は欧州を”聖域”と想定し、アメリカの核ミサイル配備することを決定した時期。核戦争が起きることとした権力側に対抗して、核戦争の戦略を見極めたうえで、その計画そのものが不条理と人類根絶に至ることを説得力をもって欠かれている。 【今日の出来事4・13】1903年小学校国定教科書制度始まる 1912年石川啄木没 (享年26)

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平和のための名言 近藤芳美

近藤芳美(1913~2006年)。歌人。アララギ会員となり、土屋文明に師事。敗戦までの作品を集めて第一歌集『早春賦』そして戦後の厳しい状況を詠った第二歌集『埃吹く街』で注目され、第一次戦後派歌人として昭和の短歌界を代表するようになる。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  おどおどと伏せる眼にいつの日にも  真実見てゐし民衆よ              近藤芳美『埃吹く街』(短歌新聞社文庫)  特に『埃吹く街』は、戦中戦後の知識人の在りようを問うものとして共感を呼ぶとともに、そのリアリズムに基づく表現形式は多くの歌人に影響を与えた。 【今日の出来事4・12】1961年ガガーリン、人類初の宇宙飛行に成功

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平和のための名言 国境なき医師団

国境なき医師団(MSF)。1971年、フランスで結成されパリに本部を置く国際的なNGO緊急医療救援機関。天災・戦争などあらゆる災害に苦しむ人々に差別なく医療援助活動を展開(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  MSF(国境なき医師団)の待合室には  何千万もの人びとがいる。    フランス国営テレビ     「A2チャンネル」(国境なき医師団」同朋社)  現在、世界40ヵ国以上から集まった2000人以上のボランティアが65ヵ国で200以上の医療援助を行っている。上記のスローガンは、フランス国営テレビの番組で使われた。1999年、ノーベル平和賞。 【今日の出来事4・9】2000年石原前東京都知事「三国人」発言が問題になる。

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平和のための名言 セント・ジェルジ

セント・ジェルジ(1893~1986年)。生化学者。1937年、ビタミンCの発見などによりノーベル生理学賞を受賞、その後研究に心血を注ぐ。1947年、ハンガリーから米国に亡命。  政策遂行の手段としての戦争を否定し、軍隊を保持しない日本は、もし、一国の安全ということがあるとすれば、全世界で最も安全な国です。日本を危険にさらすものは、無軍備よりはむしろ在日アメリカ軍基地です。それは日本を攻撃目標に変えてしまうからです。            セント・ジェルジ『狂った猿』(サイマル出版会)  『狂った猿』は、忌まわしいナチズムとベトナム戦争体験をもとに、科学者の厳正な目で、自滅の危機に立つ人類の愚かしさを憂慮、痛烈に批判した珠玉のエッセイ。 【今日の出来事3・31】1947年教育基本法、学校教育法公布・施行2004年「君が代」問題で東京都教育委員会、教員を大量処分

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平和のための名言 竹中千春

竹中千春(1957年~)。政治学者(インド政治・国際政治)。立教大学教授。東京大学法学部卒、同助手、東京大学東洋文化研究所助手、明治学院大学教授などを経て現職(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  人を殺して実現する正義はない。「平和のための戦争」とは自己矛盾である。単純な論理です。           竹中千春「ガンジーを探す旅」         (「東京新聞」・放射線・2007年12月3日)  朝日小学生新聞『平和授業』欄(毎週土曜日)に執筆中。著書『世界はなぜ仲良くできないの?』、訳書『サバルタンの歴史ーインド史の脱構築』、『盗賊のインド史ー帝国・国字・無法者』、『千春先生の平和授業2011~2012 未来は子どもたちがつくる』など。 【今日の出来事3・30】1959年砂川事件で日米安保条約に違憲判決(伊達判決)

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平和のための名言 ボーヴォワール

ボーヴォワール(1908~1986年)。フランスの女性作家、評論家。パリ大学で哲学を学び、小説『招かれた女』で文壇に登場、『第二の性』で、社会的に形成された女性存在を実存主義の立場から分析し、主体性獲得を提唱した。(大和書房・「平和のための名言集』-早乙女勝元編)  人は女に生まれるのではない。女になるのだ。社会において人間のメスがとっている形態を定めているのは生理的宿命、心理的宿命、経済的宿命のどれでもない。文明全体が、男と去勢者の中間物、つまり女と呼ばれるものを作り上げているのである。    ボーヴォアール『決定版 第二の性Ⅱ 体験』                            (新潮社)  これが世界的に大きな反響を呼び、女性解放運動の先駆的役割を果たした。学生時代に知り合ったサルトルの伴侶であり、協力者でもあった。代表作に小説『レ・マンダラン』『娘時代』、評論『特権』などがある。 【今日の出来事3・28】1939年スペイン人民戦線、フランコ将軍に倒される。 1979年アメリカ、スリーマイル島原発事故

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平和のための名言 新藤兼人

新藤兼人(1912^2012年)。映画監督、1950年、松竹を退社して近代映画協会を設立、独立プロとして映画製作を始める。初の監督作品「愛妻物語」で女優乙羽信子(故人)と出会い結婚。主な監督作品は『原爆の子』『裸の島』『鬼婆』『午後の遺言状』など多数。(大和書房・「平和のための目右舷集」-早乙女勝元編)  僕は戦争というものは個を破壊し、家庭を破壊するものだと思っている。名誉の戦死と言われても個そして家庭は破壊されるのですよ。       新藤兼人 (「東京新聞」あの人に迫る・2008年8月15日夕刊)  2007年に公開された『陸に上がって軍艦』は、自身の戦争体験を基に制作された。08年9月に『石内尋常高等小学校 花は散れども』、2011年に98歳で『一枚のハガキ』が公開される。100歳で亡くなる。 【今日の出来事3・26】1945年沖縄・慶良間列島に米軍上陸 1967年日本基督教団、戦争責任を告白 1979年エジプト・イスラエル平和条約締結

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平和のための名言 ガンディー

マハトマ・ガンディー(1869~1048年)。インドの独立運動指導者。イギリス植民地支配に対して非暴力・不服従の運動を展開。暴力は対暴力によって打ち破ることはできず、真理と愛と自己犠牲を原理とする非暴力の抵抗で、相手に不正義を悟らせることではいめてその排除が可能になると説いた。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  西洋は今日、叡智を熱望しています。それは原子爆弾の増産への熱望のしるしであります。なぜなら原子爆弾の増産は、聖書の予言が的中して、・・・・・・願わぬことですが・・・・・・いっさいが大洪水にさらわれてしまうかのように、西洋だけではなく全世界を完全に滅ぼしてしまうからです。世界に向かって、その不正と罪を告発するのが、みなさんの責務です・・・・・・。   マハトマ・ガンディー『人類の知的遺産64ガンディー』                             (講談社)  1947年インドの独立をかちとるが、翌年狂信的ヒンドゥー教徒の凶弾に斃れる。上記の文は47年4月2日の「アジア諸国関係会義開会式」での講演。 【今日の出来事3・23】1947年アジア諸国関係会議開催 1955年都教委、東京朝鮮学園を各種学校として認可

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平和のための名言 シャーロット・アルデブロン

シャーロット・アルデブロンは、アメリカ・メーン州に在住。弁護士の母親の仕事の関係で、スイスに生まれた後、アフリカのザイール(現コンゴ)、マリ、中米ハイチと移り住んだ。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  私たちは、明日も生きていられるかどうか  わからないことが、  怖いのです。  殺されたり、傷つけられたり、  将来を奪われたりすることが、  悔しいのです。  お父さんとお母さんが  明日もいてくれることだけが望みだなんて、  悲しいのです。          シャーロット・アルデブロン       『私たちはいま、イラクにいます』(講談社)  2003年2月、地元の教会で行われた平和集会で、この”What About the Iraki Children。”が本人によりスピーチされ拍手と歓声に包まれた。今、彼女の元には世界中から共感のメールが届く。 【今日の出来事3・22】1965年米軍の南ベトナムでの毒ガス使用報道

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平和のための名言 中村佑

山口県に住む会社社長・中村佑は、ニューヨークの貿易センタービル内のオフイスに銀行マンとして勤務していた次男匠也を2001年「9・11」アメリカ同時多発テロで失った。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  ブッシュ大統領の目にはフセインの顔しか映っていないが、その後ろには何の罪もない数多くの命がある。戦場に向かう米国の兵士一人ひとりにも愛する家族や友人がおり、その人たちを悲しませる権利など誰にもありはしない。     中村佑「朝日新聞談話」        (高木慈子『戦争で死ぬ、ということ』岩波新書)  新婚生活を始めたばかりだった息子の突然の死を悲しみつつ、マスコミ報道を通してその後の米軍を中心としたアフガン侵攻やフセイン大統領を標的としたイラク戦争に対して、平和的解決を訴え続けている。 【今日の出来事3・21】1972年高松塚古墳の壁画発見 1990年アフリカ最後の植民地ナンビア独立

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平和のための名言 池澤夏樹

池澤夏樹(1945年~)。作家・評論家・詩人。1988年『スティル・ライフ』で芥川賞。93年『母なる自然のおっぱい』で読売文学賞、93年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、その他受賞多数。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  だから、自分の目で見ようと思ってぼくはイラクに行った。バグダッドで、モルスで、また名を聞きそびれた小さな村で、人々の暮らしを見た。ものを食べ、互いに親しげに語り、赤ん坊をあやす人の姿を見た。わいわい騒ぎながら走り回る子供たちを見た。そして、この子らをアメリカの爆弾が殺す理由は何もないと考えた。     池澤夏樹『イラクの小さな橋を渡って』(光文社)  豊富な知識とリリカルな文章で多くのファンを持つ。2001年9月11日のニューヨークでのアメリカの同時多発テロ事件以来、世界の状況についての思索を綴るメールマガジン「パンドラの時代」を発信している。 【今日の出来事3・20】1995年地下鉄サリン事件 2003年イラク戦争勃発

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平和のための名言 水野孝昭

ノーチラス号は世界で初めての原子力潜水艦で、潜行したまま北極点を通過したという。冷戦のさなかのことである。そのノーチラス号の進水式が行われた1954年米国の、ビキニ環礁で行われた水爆実験で日本の第五福竜丸が被爆した年でも或ある。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  新兵器として脚光を浴びた米原潜(ノーチラス号)と、「死の灰」をかぶったマグロ漁船。2隻は対照的な運命を歩んだ。  退役後も博物館となった前者に対し、第五福竜丸は東京湾の「夢の島」にうち捨てられていた。今は同じ場所で、展示館ができている。  日本が前例のない原発事故に直面している今、半世紀も前に被爆した船を見て欲しい。          水野孝昭(「朝日新聞」2011年10月24日)  ノーチラス号は退役後、コネチカット州にある基地の前にけ係留され艦内を見学できる。朝日新聞論説委員の水野孝昭は、原発事故を機に半世紀前の悲惨な主人公第五福竜丸に誘う。 【今日の出来事3・19】1986年東京高裁第1次教科書裁判、控訴審で原告敗訴の判決

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平和のための名言 石橋湛山

石橋湛山81884~1973年)。評論家・政治家。東京毎日新聞を経て東洋経済新報社に入り、自由主義的経済評論を展開し、大正デモクラシーをリード。帝国主義的政策を批判して「小日本主義」を主張した。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  朝鮮・台湾・樺太・満洲という如き、わずかばかりの土地を棄つることにより、広大なる支那の全土を我が友とし、進んで東洋の全体、否、世界の弱小国全体を、我が道徳的支持者とすることは、いかばかりの利益であるか計りしれない。       石橋湛山「大日本主義の幻想」(『小日本主義』草思社)  満州事変(1931年)に際しては、植民地主義と軍国主義を批判、平和的通商による平和外交政策の論陣を張った。戦後、内閣総理大臣になるが病気で退陣、2ヵ月間の短命内閣に終わった。 【今日の出来事3・18】1871年パリ・コンミューン開始 1945年東京大空襲の惨状を天皇が視察 1958年道徳教育実施要綱を通達

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平和のための名言 伊藤千代子

伊藤千代子(1905~1929年)。長野県生まれ。諏訪高等女学校を経て小学校の代用教員になるも、東京女子大へと進む。在学中にマルクス主義研究グループに所属し、非合法の活動へ。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  昔から新しいほんとうに世の中のためになる仕事を始めた人々は、だれでも初めは社会からつまはじきにされたものです。私は深い確信を持って正しい勉強をし、やがて皆様への御恩がえしになるようなものになる準備をしていることを、あなたに信じていただきたいのです。       伊藤千代子(東栄蔵「信州異端の近代女性たち」                           信濃毎日新聞社)  1928年3月15日の、いわゆる3・15事件で逮捕され、市谷刑務所に収監。獄中で精神異常となり、1929年9月24日、松沢病院で没した。享年24歳。 【今日の出来事3・15】1928年左翼活動家約1600人一斉逮捕 (3・15事件) 1950年世界平和擁護大会常任委員会が始まる

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平和のための名言 高木仁三郎

高木仁三郎(1938~2000年)。核化学者、科学評論家。1961年日本原子力事業入社、その後東大原子核研究所助手、都立大学助教授を経て、87年から原子力資料情報室代表。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  ことさらに安全、安全ということによって安全が身につくのではなくて、技術というものの一部に、人間の生命を大事にするような思想が自然とくみいれられていないといけない。        高木仁三郎      『原発事故はなぜくりかえすのか』(岩波新書)  市民の立場から原発などの原子力の平和利用の危険性を指摘し、早くから反原発運動を展開する。また人間、科学、自然との共存を提唱するエコロジー運動の草分け的存在となる。著作に『わが内なるエコロジー』『プルトニウムの恐怖』『核時代を生きる』『市民の科学を目指して』など。 【今日の出来事3・12】1945年名古屋空襲 1947年トルーマン大統領、共産主義国に対する封じ込め政策発表(トルーマン・ドクトリン)

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平和のための名言 坂田昌一

坂田昌一(1911~1970年)。理論物理学者、名古屋大学教授。京大卒業後、理化学研究所に入る。湯川秀樹、武谷三男らと協力して中間子理論の研究に従う。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  原子炉には未知の要素がきわめて多く、すべての専門家が同時に素人であるという面のあることを忘れてはならない。            坂田昌一(「中央公論」1960年1月号)  1955年素粒子の複合模型(坂田モデル)を発表、60年には名古屋モデルへと発展させ、素粒子論を飛躍的に高めた。一方で57年に、核兵器廃絶と戦争の絶滅を目指してカナダで開催された世界の科学者によるバグウオッシュ会議に参加、以後「科学者の社会的責任」として各種の平和運動に積極的に参加する。 【今日の出来事3・11】1985年ゴルバチョフ共産党書記長選出 2011年東日本大震災、福島原発大事故

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平和のための名言 西村滋

西村滋(1925年~)作家。名古屋生まれ。幼くして両親と死別して孤児となる。放浪生活をするも、身元不明の身で軍への召集をまぬがれた。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  僕は戦争孤児しか書かない作家です。世界に一人だなんて変なほめ方をしてくれた人がいましたけど、書けないんですよ他のこと。他のことを書く暇があったらまだまだこの子のことあの子のことを書きたい、死ぬまで書ききれやしませんよ。    西村滋『語りつぐ東京大空襲』             (戦災資料センターレポート)  1945年3月10日の東京大空襲で肉親を失った戦争孤児の施設で働く。その体験をもとに76年に刊行された『お菓子放浪記』など、戦争孤児をテーマにした作品を続々と核書く。 【今日の出来事3・9】1998年所沢高校生「日の丸・君が代」で卒業式をボイコット 2007年東京大空襲訴訟提訴

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平和のための名言 山本宣治

山本宣治(1889~1929年)。政治家、生物学者。園芸家を志しカナダに渡り、帰国後東京大学を経て京都大学大学院に進み、京大、同志社大の講師を勤める。  山宣ひとり孤塁を守る。だが私は淋しくない。背後には大衆が支持しているから。                  山本宣治の墓碑銘  京大学連事件(1925年)で京大から解職され、28年、第1回普通選挙で労農党から立候補、衆議院議員に当選。衆議院で治安維持法改悪案に反対討論を行う前夜、右翼構成員によって刺殺される 【今日の出来事3・5】1929年山本宣治、右翼に刺殺される 1946年チャーチル英首相「鉄のカーテン」演説 1953年スターリンの死

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平和のための名言 三宅泰雄

三宅泰雄(1908~1990年)。岡山県生まれ。東京帝国大学卒業後、北大助手、東京教育大学教授などを歴任。1954年の米国によるビキニ環礁での水爆実験以来、大気・海洋の放射能汚染の調査研究は国際的にも高く評価された。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  私は第五福竜丸のもつ意義は、これらの船にmまして、さらに重要であると考えている。なぜなら、第五福竜丸は過去の歴史というより、むしろ、未来の人類の命運を啓示しているからである。     三宅泰雄『戦争と平和と科学者と』(水曜社)  1973年財団法人第五福竜丸へいわ協会設立し、理事長として都立第五福竜丸展示館の管理運営に当り原水爆禁止運動につくした。 【今日の出来事3・4】1933年ローズベルト大統領就任、ニューディール製作開始 1957年自衛隊機が鳥取県で墜落、17人死亡

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平和のための名言 西本幸雄

西本幸雄(1920~2011年)。プロ野球選手・監督・解説者。旧制県立和歌山中学、立教大学卒業後軍に応召され、中国戦線で終戦を迎える。復員後、社会人野球から30歳で毎日オリオンズに入団。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  まさに「伝説の左腕」だった嶋がこうして現代によみがえったのは非常に意義深い。その剛球はもちろんだが、短くはかない青春であった無念を思う。野球はもちろん、愛する者たちと過ごす、その先の人生すべてが南海の海に沈んでいった。命や平和の尊さを訴える存在でもあると考えている。      西本幸雄「戦没の名投手嶋清一の野球殿堂入りに際して」                 「しんぶん赤旗」2008年1月3日)  1960年、大毎(大映と毎日が合併)の監督でリーグ優勝するがオーナーと対立。63年、阪急ブレーブスの監督になり五度リーグ優勝、近鉄で二度、20年間の監督生活で八度のリーグ優勝を果たしながら、一度も日本一になれず「悲劇の名将」もいわれる。 【今日の出来事3・2】1925年普通選挙法が衆議院で可決 1943年野球用語、全面日本語化強制

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平和のための名言 姜 小泉

1919年3月1日、日本の植民地だった朝鮮で、自主独立を求める大決起集会が各地に展開された。日本官憲はこれを不逞の「暴徒」として武力弾圧に出た。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編) ▼ユグアンスン  やよいの空を仰ぎ見て  ユグアンスン姉さんを思い出す  牢の中でもマンセさけび  青空も見ず なくなった       姜 小泉(きょうしょうせん)      (早乙女勝元『柳寛順の青い空』草の根出版会)  16歳の女子学生であった柳寛順は1ヵ月遅れで蜂起を組織するも、目の前で両親を殺され、兄とともに逮捕される。20年10月12日、獄死した。歌は姜小泉作詞による。 【今日の出来事2・29】1952年沖縄の米民政府、「琉球政府の設立」を交付 (うるう年に先立って記載します)

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平和のための名言 ワレンチナ

第二次世界大戦のさなかのレニングラード(現・サンクトペテルブルグ)は、ナチス・ドイツ軍の包囲によって、未曾有の飢餓にさらされた。市民60万人が飢えて死んだという。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  ええ、身内の誰かが死んでも、その死体を動かす体力も気力もないんですよ。アパートのベランダや中庭に寝かしたまま、深々と雪に埋もれていくのです。そういう私たちだって、明日の命はわからず、骨と皮ばかりでした。でも、たとえ次の瞬間に死んでも、妹のパンだけは、決して手をつけまいと。       ワレンチナ「レ-ロチカの形見のパン」          (早乙女勝元『世界の旅から』草の根出版会) 労働者一家のカルプシキン家では、3歳のレーロチカが真っ先に死んだが、家族は幼女が食べ残したパンの一片を形見に保存、現在も長女のワレンチナ母校の博物館に展示されている。1942年2月28日に焼かれたパンである。 【今日の出来事2・28】1946年公職追放令公布 1953年吉田茂首相、議会でバカヤロー」の暴言吐く

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平和のための名言 松本清張

松本清張(1909~1992年)。小説家。高等小学校卒業。1937年朝日新聞社入社。53年『或る「小倉日記」伝』で芥川賞受賞。その後作家生活に入り、推理小説に転じる。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)  軍隊というところはそんなもんだ、さも有用げな仕事として通用する。戦争の過程でどれだけ大きな無用が有効そうに通用したか分からない。だが、これは軍隊だけでなく、官僚的な大きな組織には必ず存在していることである。        松本清張『半生の記』(新潮文庫)  『点と線』『ゼロの焦点』『球形の荒野』『砂の器』と相次いでベストセラーを発表、社会派推理小説ブームをひき起こす。また日本の政治風土にひそむ権力構造の暗部を抉り出した『日本の黒い霧』『現代官僚論』なども発表。その膨大な作品群は『松本清張全集』(全66巻、文芸春秋社)に結実する。 【今日の出来事2・26】1936年2・26事件起きる (陸軍皇道派将校クーデター未遂)

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