沖縄詩集・抄 遠い島じま

札幌市に住む詩人会議会員の永井和子さん。人呼んで沖縄詩人。50数年返還前から沖縄に思いをよせて書き続けてきました。これは彼女の沖縄に関わる連作「沖縄詩集」の集約されたもの。「抄」として2011年11月1日に発刊されたものです。    遠い島じま それは遠い遠い島じまです 飛行機でとべば二時間 鹿児島からなら四百キロしか はなれていないのに それは遠い遠い島じまです アメリカ人でさえ 東京オリンピックを じかにテレビで見たというのに その島じまでは なにも映らない画面に涙ぐむ たくさんの人びとがありました ケネディが暗殺されたことも イギリスで労働党が勝ったことも ゴールドウォーターが破れたことも 数分後には報らされるわたしたちが その島じまのことはなにも知らないのです それは遠い遠い島じまです その人びとがどんな暮しををし その人びとどんな話をし その人びとがどんな苦しみを耐えているか わたしたちはなにも知らないのです たった一つ たった一つ わたしたちも知っていること それは その島じまが日本であり その人びとが日本人であり 真に日本人と呼ばれることを 朝も昼も夜も 願っていることです けれどその願いの声は 東京まで届かない 飛行機でとべばわずか二時間 鹿児島からなら四百キロしか はなれていないのに わたしたちの心のなかでは それは遠い遠い沖縄です

続きを読む

沖縄詩集・抄 沖縄旅行

札幌に住んでいながら通称”沖縄詩人”といわれる詩人・永井和子さんが沖縄をテーマにたくさん詩を書いています。かって認めた「沖縄詩集」「続沖縄詩集」の抜粋がこれです。二編おくります。 ▼沖縄の花といえばこれ、デイゴの花   沖縄旅行 「沖縄見物に 行ってきたのですよ」 嬉しそうにその人は サングラスをはずしてみせました 「パスポート持ってね 外国旅行の気分でした」 おひとよしのその人は 両手を広げてみせました 「砂糖もパインも ハクライ品てわけでして」 得意そうにその人は みやげを並べてみせました 「でも やたらと 塔ばっかりでね」 肩をすくめたその人は 風に吹かれてふらふら      つつましい願い “せめて扇風機がほしいのです” せまい保育所にいっぱいの子どもたちをみながら あなたはいった 四十度をこえる島の夏に それはなんと つつましい願い 東京の夏を暮すわたしなら アパートの窓をいっぱいに開けば スモッグで汚れた風でも 走りぬけてくらる あなたの島には この風さえも吹かないのでしょう “せめて扇風機がほしいのです” にじむ汗をふきながら あなたはいった 東京の風をぜんぶといってもいいのに あなたのなんと つつましい願い

続きを読む

沖縄詩集・抄 いまもその島は

札幌市在住の詩人会議会員・永井和子さんが2010年11月1日に発刊した「沖縄詩集・抄」から「いまもその島は」(25頁)を掲載します。   いまもその島は 昔その島は 日本の最後の盾だった 数百万の銃火に盾は破れた 海のようにあふれた血潮に 染るぼろも残らぬほど 昔その島は 日本の最初の踏み石だった 文字通り石はふみにじられた ひそかに流された血も泥に汚れ 空までどす黒くかげるほど いまもその島は 日本の恥かしい捨て子だ 新しい人殺しの道具モ 人間を虫のように扱う方法も 平気で人の国を盗みにいく兵士たちも まっさきに持ちこまれる

続きを読む

沖縄詩集・抄 その声を叩きつけろ

札幌在住の詩人会議会員・永井和子さんが2011年11月1日に発刊した「復刻版1 沖縄詩集・抄」から「その声を叩きつけろ」(17頁)を掲載します。 ▼嬉野京子さん写す     その声を叩きつけろ 沖縄県読谷村(よみたんそん)村議会で 米軍の投下演習中止 が決議された 毎日のように 空から 模擬爆弾が降り トレーラーが降り 降るはずのないものが降り 一人の少女が死に・・・・・・ 不安におびえつづけたこの村が ついにあげた怒りの声だった 沖縄よ わたしたちがききたかったのは その声だ 荒れはてた祖国への郷愁の涙ではなく 大空へ叩きつけられるきみたちの声! 沖縄よ わたしたちがききたいのは その怒りの声だ その声を 祖国の空に 祖国の胸に 叩きつけろ! きみたちとわたしたちの間に 立ちはだかる力へ 叩きつけろ!

続きを読む

沖縄詩集・抄 沖縄の声

札幌在住の詩人・永井和子さんが発行した「復刻版Ⅰ 沖縄詩集・抄」(2010年11月1日)から29頁の「沖縄の声」を掲載する。     沖縄の声 きょうも きみたちの声がきこえる わたしたちによびかける 沖縄の声が聞こえる 日本の空を 日本の海を かえせと 叫びつづける沖縄の声が聞こえる 春になれば南からやってくる 渡り鳥でさえ 自由に日本の空をとびまわれるのに あたたかい潮にのって 魚でさえ 思いのまま 日本の海を泳ぎまわれるのに きみたちは日本の空をとべない! きみたちの空なのに きみたちは日本の海を泳げない! きみたちの海なのに わたしたちの空が 沖縄の空につづいていないとでもいうのだろうか? わたしたちの海と 沖縄の海の流れがさかさまだとでもいうのだろうか? 空を 海を かえせと 叫びつづけるきみたちの声を ジェット機のうなりで消そうとするのは誰だ? 沖縄の声を消そうとするのは誰だ? 二十年間 きみたちは叫びつづけてきた 戦後は終わったといわれるいまも きみたちの声は消えない 黒いジェット機は 日ましに激しくとびたち ヴェトナムの雲の重さが きみたちの頭にのしかかってくる それでもきみたちの声は消えない 沖縄を見棄て 沖縄を裏切り 売り渡した祖国の 空を 海を かえせと きみたちは叫ぶ きみたちの親や兄弟の血が 染めた海だから きみたちの土や家を焼く炎が こがした空だか…

続きを読む

これが沖縄だ! 永井和子

「『沖縄詩集』が、絶版になって45年、『続沖縄詩集』が同じく絶版になってからでも40年が過ぎた。なぜ、いま、その復刻版を造ろうとしているのか」、大阪生まれで、札幌に住む詩人の永井和子が「復刻版」のあとがきでこう書きます。   『沖縄詩集』復刻版発行について    処女詩集ともいうべき『沖縄詩集』に載せる詩を創るには、新聞の三行記事と呼ばれる小さな小さな報道から想像するしかなかった。  私は、現地に立ち、五感に触れてしか詩を創れない人間である。この方法では、生まれなかった沖縄詩集だった。その当時、沖縄はアメリカの統治下にあり、「外国」であったから「パスポート」無しには訪ねることが出来ない地だった。詩中にも、そのことを風刺した作品がいくつかある。  あの詩集はもう無いのですか?  今頃になって問われることが増えた。沖縄がいまも、処女詩集以来、アメリカのものである現実があるからだろう。いやそれ以上に悪くなっている。日本政府は、沖縄の「施政権」を取り戻し沖縄が日本になったという。では、なぜ、今も、沖縄がアメリカ軍隊の思うままにされているのだろうか?  空から降ってきたトレーラーによる女の子の圧死、少女暴行、タクシー運転手への暴行・傷害、乗車代金の踏み倒し、車両事故。つい一年前も沖縄国際大学に墜落したヘリコプターで、壁が焼かれ、第惨事になる事故があったときも、日本の警察は手をだせなかった。  観光産業で栄えるはずの沖縄の美しい海岸通りは、ほとんどが、アメリカ軍の基…

続きを読む

いま、なぜ沖縄を詩うのか

先ごろ詩人永井和子さんは「復刻版・沖縄詩集抄ー復刻版」を発行した。そのあとがきで、「私の『沖縄のための組曲』が再演されることになったが。そのことは、大きな歓びだが、同時に悲しみである」と、そして「いつまで、沖縄の詩をうたいつづけなければ、ならないのか?」と書きつづっている。   『沖縄詩集』復刻版発行について   『沖縄詩集』が、絶版になって四十五年、『続沖縄詩集』が同じく絶版になってからでも四十年が過ぎた。なぜ、いま、その復刻版を造ろうとしているのか。  処女詩集ともいうべき『沖縄詩集』に載せる詩を創るには、新聞の三行記事と呼ばれる小さな小さな報道から創造するしかなかった。  私は、現地に立ち、五感に触れてしか詩を創れない人間である。この方法では、生まれなかった沖縄詩集だった。その当時、沖縄はアメリカの統治下にあり、「外国」であったから「パスポート」無しには訪ねることが出来ない地だった。詩中にも、そのことを風刺した作品がいくつかある。  あの詩集はもう無いのですか?  今頃にになって問われることが増えた。沖縄がいまも、処女詩集以来、アメリカのものである現実があるからだろう。いやそれ以上に悪くなっている。日本政府は、沖縄の「施政権」を取り戻し沖縄が日本になったという。では、なぜ、今も、沖縄がアメリカ軍隊の思うままにされているのだろうか?  空から降ってきたトレーラーによる女の子の圧死、少女暴行、タクシー運転手への暴行・傷害、乗車代金の踏み倒し、車両事故。つい一年前も沖縄国…

続きを読む

どこまでも素朴な叙事詩よ!

詩人会議を立ちあげた一人、詩人の故坂井徳三氏が永井和子さんの詩を評して、つねひごろいっていた「よそ行きの興奮でない感動を、私たち自身の生活の手もと、生命の足もとに引きよせた形で、吹きあがっていく」と。復刻版・「沖縄詩集・抄」では氏の言葉を「あとがき」で引用している。      永井和子さんの「沖縄のための連作」中、私が最初に接したのは、「小指の痛み」「悲しい人たち」「聖火」「小さな摸倣」などの作品だった。ここには押しつけとか、お説教とか、そういうジャマモノがない。自分へのなっとくが、ほとんどそのまま読む人へ、なっとくとして受けとられよう、という形になっている。沖縄を題材とする時、私たちの詩作は、どうかすると、まっさきに政治的主張をしたがるけれども、詩作である以上それは、何よりも形象による詩のなかでなくちゃならない。いや、そんなこと頭では全部承知していても、体がリクツを先に立ててしまう。本質的にこれはイメージ(形象)の委縮なのだろう。  生活・実践の衰弱と結びつく形象の委縮なのだろう。上記四作品は、そうしたエネルギーをもっていた。この作品は郭新陣営内に唯一の、読者百万をもつ週刊新聞「日曜版」の新年号で、その第一ページいっぱいのグラフとともに大きな活字で、六五年度年頭の読者の目に飛び込むことになった。  その次に私の接した作品は「こわれたオルガン」「いまもその島はなどだ。これらの作品について私は当時、こう記している。「どこまでも素朴な叙事詩としての、その映像形式のなかで、痛切な民…

続きを読む

あなたはオルガンをひく

「沖縄詩集・抄」(永井和子著)の詩の中からの第四段。詩人会議の著者が崇拝する故坂井徳三氏は、以下の二編の作品について、「どこまでも素朴な抒情詩としての、その映像形式のなかで、痛切な民族的・人間的な問題が次々とリズムと言葉を獲得してゆく・・・・・・」と記す。(1966年8月)     こわれたオルガン あなたはオルガンをひく 働かねばならない母親のために その子どもたちのために オルガンは古びてこわれ キイも何本か欠けているけれど その音に合わせて子どもたちがうたえば あなたの真剣な今日が始まる 欠けて失われたキイは あなたのせいではない それは奪われたあなたの祖国 それはあなたたちを見棄てたあなたの祖国 それはあなたたちの声に耳をふさいでいる あなたの祖国 それでもあなたはオルガンをひく それでもあなたはオルガンをひく 働かねばならない母親のために その子どもたちのために そして応えない祖国に あなたたちの願いの声をとどかせようと その心をめざめさせようと きょうもあなたはオルガンをひく 何本かキイの欠けた古びたオルガンをひく     いまもその島は 昔その島は 日本の最後の盾だった 数百万の銃火に盾は破れた 海のようにあふれた血潮に 染るぼろも残らぬほど 昔その島は 日本の最初の踏み石だった 文字通り石はふみにじられた ひそかに流された血も泥に汚れ 空までどす黒くかげるほど いまもその島は …

続きを読む

沖縄のための構成組曲

2010年11月21日、処女詩集沖縄から歌になった構成組曲が、30年ぶりに、当時歌ってくれた琉球大学合唱団有志の力で、再演されることになった。そのことは、大きな歓びだが、同時に悲しみでもある。いつまでも、沖縄の詩をうたいつづけなければ、ならないのだろうか? 永井和子   沖縄のための組曲  永井和子 1.情  景 おきなわは みどりふかき島じま 赤いデイゴの花が咲けば 月も酔い むせぶむせぶ 島びとのつきぬ悲しみ思うように おきなわは 黒潮よせる島じま 茂るがじゅまるかげに立てば 夏の陽は 燃える燃える 島びとの遂げぬ願いの炎のように おきなわは 波間にゆれる島じま 雲が走って嵐よべば 空も地も うめくうめく 島びとの絶えぬ苦しみなげくように おきなわは 南の果ての島じま 海に夕日沈み暮れても あすの陽は のぼるのぼる 島びとの消えぬのぞみのあかしのように 2.悲 し み たとえば小指ひとつでも 傷つき 痛み 病むときは だれがかばわずおくものか みすてておいたそのむごさ わたしの心のこの痛さ あなたの小指のひとつでも 傷つき 痛み 病むときは だれが助けずいるものか 知らずにすぎたその月日 わたしの心のこの悔み わたしの小指ひとつでも 傷つき 痛み 病むときは だれが呻かず忍ぼうか いまこそ知ったその痛み わたしの心のこの怒り 3.風 刺 大きないくさがありました …

続きを読む

燃えさかるトーチをかかげ

今なぜよみがえるのか「沖縄詩集」。北海道に住む「沖縄詩人」の永井和子が訴えます。「日本政府は、沖縄の「施政権」を取り戻し沖縄が日本になったという。では、なぜ、今も、沖縄がアメリカ軍の思うままにされているのだろか?」と。本篇「聖火」は1965年、週刊紙「日曜版」元旦号を飾り、日本復帰の願いをトーチに託した。           聖  火 一 たった一本のトーチだが それに火が点じ燃えるとき その火が南から東へ走るとき みすてられた小指の希望が輝く たった一点の炎だが それがかかげられ駆けるとき その火が憧れの祖国を貫くとき 忘れられた小指の願いがよみがえる たった一本のトーチだが それが人びとの願いにそむくとき その火が祖国への祈りを傷つけるとき 裏切られた小指の怒りが燃える           二 沿道にかざられた花は ばらやカーネーションではなかった 美しい台もなく子どもたちの木のこしかけに つつましくおかれた花の鉢ばち 沿道を埋めた人たちは 晴れ着も髪かざりもなかった 日よけの布もなく砂埃を頭から浴びて それでも立ち去ろうとしない老婆たち 沿道にふられた旗は きらびやかなものではなかった 束の間の祭りのためではなく子どもたちがその手で 紙に布に染めぬいた日の丸の旗なみ 沿道に叫ばれた声は 喜びでも笑いでもなかった なんおいたわりもなくみすてられた十九年を 生きぬいた この島の全ての人々の祈…

続きを読む

復刻版Ⅰ 沖縄詩集・抄

北海道・札幌に住む詩人・永井和子が復刻版「沖縄詩集・抄」を発刊するにあたって次のように書く「沖縄詩集」が、絶版になって45年が過ぎた。あの詩集はもう無いのですか?今頃になって問われることが増えた。沖縄がいまも、処女詩集以来、アメリカのものである現実があるからだろう。いやそれ以上悪くなっている・・・。」     小指の痛み 小指の痛みを忘れて暮していた 十九年の間に 小指は傷つき病みはて ちぎれ落ちそうになってしまった 「痛くないの そんなになってしまって?」 わたしはだれかにきいてみたい 痛んだ小指をそのままにしておいた人たちに あのときわたしは十一歳の少女だった 小指の痛みなど知りもしなかった そのわたしも 責めを負わねばなるまいか? 十九年の間に少しずつものを知って わたしは三十歳の母親になった 小指の痛みは わたしの心にびんびんひびく いまはわたしも ともにせめを負わねばならい! 【解説】この「沖縄詩集・抄」は2010年11月1日発行である。10篇が掲載され、(附)として沖縄のための組曲も。この11月21日には那覇で「永井和子と仲間たちー再会」として歌と朗読の会が開かれた。上記「小指の痛み」は「悲しい人たち」聖火」「小さな喪報」とともに革新陣営内に唯一の、読者150万をもつ週刊新聞「日曜版」の新年号で、その第1ページいっぱいのグラフとともにおおきな活字で、65年度年頭(東京オリンピック)の読者たちの目に飛び込んだ。

続きを読む